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見える僕と理解する君  作者: 芳里 匡喬


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2/24

宿怨 その2 自閉症? サヴァン?

出会い以来、由衣と大樹は大学の行き帰りや昼食など、ほぼ一緒である。

大樹の堅苦しい言葉遣いは相変わらずだが、由衣に対しては少々緩んだ。それは本人が意識しているのではなく、無意識に許している距離の縮減である。


由衣は思う。

(少しずつだけど、境界が解けてる)


入学後の最初の日曜日、由衣は大樹を散歩に誘い、朝十時少し前に大樹の住むアパートへ向かった。

アパートの前で待つ大樹は、両手を握り締めて東の空を嬉々として見上げていた。微動だにしない。

視線の先には、電線にキジバトが二羽並んでいた。


(……なにあれ)


微笑ましくも奇妙と言えば奇妙、どこか絵になる光景でもある。

どうにも形容しがたい大樹の姿に、由衣は思わず口元が緩む。同時に気づく。


(中身、全然違うじゃん)


少女漫画に出て来る理想の美青年、外見だけなら一致する。だが中身はまるで違う。平たく言うと”ガキっぽい天然”である。

評価が下がる。だが、一呼吸おいて思考が切り替わる。諦めることはない。


(変えればいい。理想に寄せていけばいいだけ)


「おっはよっ! キジバト見ているの?」

「うん、あいつ、彼女ができた。こっちに来たばかりの頃はいなかった」

迷いのない断定である。


「大樹君みたいね」

「えっ!」


軽口のつもりだったが、大樹は即座に硬直し、耳まで赤くなる。

由衣は堪えきれずに爆笑した。

「アハハハハ」


(分かりやす過ぎる)

だが同時に疑問が浮かぶ。

(なんで同じ個体って分かるの?)


「ところで大樹君、一羽一羽のキジバトをどうやって区別するの?」

「えっ! 一目でわかるけど……」


大樹は少々首を傾げる。

「首の辺りのしま模様の形や数で区別できる。それなら由衣さんもできるでしょ?」


由衣は即座に否定した。

「そんなのできる人、大樹君ぐらいよ」

「そうですか……」


大樹の顔が曇る。落胆と諦めが混じった、”またか”という表情が少しの間浮かんだ。

由衣はそれを見逃さない。

小さい頃、少女漫画の白黒のページに母親の口紅で色付けした。何度叱られても止めず、そのとき見せた母の顔付によく似ていた。


(この人、ずっとこうやってきたんだ)


人が見えないものが見える。それを話すと“おかしい”と言われる。

由衣は気が付いた。見ている世界が彼は違う。


「それ、たぶん普通の人にはない能力よ」

「え!?」

大樹の目が丸くなる。本気で驚いているらしい。


「でも、ちょっと目がいいだけだと思います」

「違うと思う。いくら目が良くても、普通、並べてよく観察して比較しないと、分かんないもん」


大樹は首を傾げる。明らかにまだ納得していない様子である。


「医者になったら、それをどう役立てるか考えたらいい。あたしは外科医が向いていると思うけど」

「もしかして僕は……」

「サヴァンかもね」

「じゃあ、ASDも……」


ASDとは自閉スペクトラム症のことだ。サヴァン症候群とASDは密接に関連しているが、サヴァン症候群の人は必ずしもASDであるわけではない。サヴァン症候群は脳機能の偏りや神経接続の特殊性に起因すると考えられ、今後の研究が期待されている。


「それは絶対違う。大樹君は社会性あるし、特定の行動に固執しないし。……変なとこあるけど」

「変ですか?」

「ちょっとだけよ。ともかく大機君は大機君、サヴァンだろうが何だろうが、それで価値が変わるわけじゃないでしょ」


(ほんとは、かなり変だけどね)


大樹は笑みを浮かべた。

「はい」




二人は神社に参拝し、満開の桜を楽しみながら公園の中を一時間ほど歩き回った。

会話は自然に進み、由衣は精神科医志望だと明かす。だがそれは”後付けの理由”である。


そもそも由衣は医師になるつもりはなかった。半年程前に読んだ男性外科医と女性精神科医の恋愛漫画がグッときた。それを現実世界で再現したい。それが動機だった。

かといって首都圏を離れる気持ちはさらさらなく、私立の医学部に入学するほど親は学費を出せない。私大文系は合格済みで、国公立で難なく通えるところをダメ元で受験したら、思いがけず合格したのである。

由衣の心の中では相手役はもう決まっていた。


「大機君の志望は?」

「まだ決めてません」


由衣は感じ取った。

(外科医に持っていけそうだけど、何か隠している)


大樹は“記憶”に関心を持っていた。だが、それを明確化するには、まだ材料が足りなかった。




二人は一休みしようと、神社の参道沿いのコーヒーショップに入った。


「佐藤さん、元気だったのにね。死因は急性心不全で事件性はないって」

「警察は……、事件性はないって判断したんですか?」

「そうらしいわよ。お兄ちゃんから聞いたんだけど」

「……そうですか」


大樹の口元が僅かに歪む。由衣はその変化に気づく。

「どうしたの? 何か言いたそうね」

「いや、でも……」

「変に思われちゃうのが怖いの? さっき気づいたの。大樹君は見ている世界が普通の人と違うって」

「えっ! ……やっぱり僕は変なんですね」

「違う、違う! 観察力が凄くって、普通の人が見えないものまで、見えるってこと」

「……視力はいいですけど」

大樹は口をへの字に曲げて首を傾げる。納得していないのは明らかである。

「ともかく、言いたかったこと言ってよ。あたしは何だって受け止めるから」


大樹は大きく息をした。

「実は……、後から思うと気になることが」

「えーっ! それって何?」

「えーと……」

「待って、お兄ちゃんを呼ぶ」


由衣は携帯を出した。 

「お兄ちゃん、カフェアプロにすぐ来て、佐藤さんの件で話があるの」




十分ほど経って由衣の長兄、高見沢康太(たかみざわこうた)が現れた。 

精悍な顔立ちの背が百八十数センチの好男子、警察庁にキャリア入庁の警部、二十七歳、犯人のプロファイリングを行う行動分析課に所属し、警視庁と関東各県警を支援している。

実家を出て近隣のマンションに住むが自活には程遠い。休みの日は実家の自室でゴロゴロ、食事と洗濯は実家で母親任せだ。埼玉県庁職員の彼女がおり、この秋に結婚の予定である。


康太は由衣の前の席に腰を下ろした。

「まったく日曜ぐらいゆっくり寝かせてくれよー。……えーと、ホットコーヒー」

「お兄ちゃんは警察官。伝えたいことがあるの。彼が、この前話した福光大樹君」


康太はしげしげと大樹を眺めた。

「君が由衣の彼氏か……。ふーん、なるほどー!」

「何よ?」

「由衣が好きになるのも無理はない。弄り甲斐(いじくりがい)のありそうな美少年……イテッ!」


由衣の顔は真っ赤になり、康太の向こうずねを蹴った。


「お兄ちゃん、それ以上言うなっ!」

「イテーだろ! 本気で蹴りやがって」

「いいから話を聞いて」

「何だよ?」

「実は大機君が最初に人が倒れているって気づいたの。さらに気になることがあるって」


康太の顔が瞬時に引き締まり、大樹に鋭い目を向けた。

「そうか……。福光君、気になることって何だい?」

「……えーと、その……」

由衣は言葉に詰まる大樹を促した。

「大丈夫よ。こいつ、見た目より怖くないから」

「クッ、こいつって、お前な……」

「ストップ! いいから大樹君の話を聞きましょ」


大樹は吹っ切れたのか、淀みなく喋り出した。

「佐藤さんちの玄関ドアの鍵穴に、新しい擦れた跡が見えました」

「誰かがピッキングした?!」

「あと佐藤さんの足裏が角化してましたが、わずかに赤い斑点が見えました」

「衝撃による皮下出血した可能性があると!」


運ばれてきたコーヒーを一口飲み、康太は腕を組んた。

康太は近所で起きたことなので、埼玉県警の知り合いの刑事から詳細を聞いていた。


「ピッキングの痕跡は現場検証で発見できず、足裏の皮下出血は検視では確認できなかった。なぜ気づいたのかな?」

「僕は見たことを人に話すと、変な顔をされることが時々あるんです」


大樹の困った様子を見て由衣が口を挟んだ。

「大樹君は、たぶんサヴァンなの」

「サヴァンか! なるほどな……。現場検証はやり直し。司法解剖が必要だ」

「即断かい、さすが! お兄ちゃん、当たりだったら分かってるわよね?」


康太は苦笑しながら、質問を重ねた。

「もう一つ、侵入者が佐藤さんに危害を加えた可能性は?」

「それは分かりません」

「お兄ちゃん、欲張り過ぎよ」

「アハハハ、我々の仕事だ。ありがとう。近いうちに刑事が君に会いに来るだろうからよろしく」


万札をテーブルに置いて康太は足早に出て行き、由衣がさっと取って笑みをこぼした。

「これで美味しいもの食べに行こ!」

「いいんですか?」

「当然よ」

「話したら、すっきりしました」

「よかったー! もう怖くないでしょ?」

「はい」


由衣は、嬉しそうに何度も頷いた。

(この人、今まで理解してくれる人がいなかったんだ)


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