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見える僕と理解する君  作者: 芳里 匡喬


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23/25

BとG その5 児童養護施設

二日後の夕刻、大樹の自宅アパートに康太が訪れた。

呼び鈴が鳴って、大樹が玄関ドアを開ける。


待ち構えていた由衣が、背後から顔を出した。

「お兄ちゃん、何しに来たの?」

「いや、大樹君に、また見てもらいたいものがあってな」

「その前に、事件のことちゃんと話して。大樹、そうよね?」

由衣が顔を向けると、大樹は、キョトンとして首を傾げた。

「いいえ」

「え?」

「監察時は、余計な思考が入り込まない方がいいです。先入観があると、見えるものも見えなくなります」

理屈としては正しいが、由衣が求めていた答えとは百八十度違った。

「もうっ!」

「痛っ!」

由衣は大樹の二の腕をつねった。


「少しはあたしの味方しなさい!」

「僕は由衣の味方です。でも、事実は曲げられません」

「そういうとこ!」

大樹は、困った顔を康太に向けた。

「由衣が怒ってます」




康太からUSBメモリを受け取り、大樹はパソコンで、防犯カメラの映像を再生した。そして画面に映る武村大輔と小笠原里緒を食い入るように眺めた。

「二人の様子が気になります」

一緒に眺めていた康太が、振り向く。

「どういうことだ?」

「男の子は遠くを見るような目で唇が震えています。女の子は、男の子を見つめ、小さなため息をつきました」

「ん?」


大樹は、映像を少し戻した。

「ここです。女の子は肩がほんの少し下がっています」

由衣は画面を覗き込んだ。

「……全然わかんない」

「二人は、何かやらかしてしまったように見えます」

康太の表情が険しくなる。

「やはり」

わずかな仕草の変容だが、大樹にとっては決定的だった。康太は、捨てきれなかった疑念を確信へと傾けた。


「大樹、もういい?」

小さく頷く大樹を目にして、由衣は康太を見据えた。

「お兄ちゃん、あたしが質問するから答えて」

大樹が頷いた。

「その方が情報を引き出しやすいです。取調べと同様です」

康太は苦笑し、思案するように暫時下を向いた。そして、ふと顔を上げた。

「わかった」

「大村は、あたし達の誘拐をたくらんでいた?」

「そうだ」

「あたし達を尾行していた男、誘拐の下調べしてたの?」

「そうだ。山辺という歌舞伎町のオカマだ」

「大樹が言った通りね……」

由衣は顔を向ける。大樹は目を閉じ、まぶたが僅かにピクピク震えていた。

(また映像再生してる)


「大村は、あたし達を監禁するために別荘を借りた?」

「そうだ」

「大村の死因は?」

「大樹君の言う通り、甲殻類によるアナフィラキシーショックが主因だ」

「他に協力者はいる?」

「まだ、わからん。捜査中だ」

「あの……」

大樹が口を挟んできたので、由衣は小さく頷いた。

「さっきの男の子と女の子は、僕達の代わりにされたんですか?」

「えーっ! あり得ない。まだ子供じゃん」

由衣は細かく首を振るが、康太は頷いた。

「その可能性が高い」

由衣は目を見開きしばし絶句した。

「……そんな。でも無事よね?」

「ああ、大丈夫だ」




翌日、康太は、捜査会議で頭を下げた。

「武村大輔と小笠原里緒の家庭環境と、大村との接点を再度念入りに調べて欲しい。プロファイリングと、福光君の意見に基づく要請です」


捜査本部は、二人の学校関係者と近隣住民の聞き込みを開始した。

結果、それぞれ家庭に問題ありとの情報が得られた。

里緒さんは、母親の連れ子で養父と血縁はない。母親は夫より六歳年上。近所の人の話では、ときどき女の子の悲鳴が聞こえた。泣きながら家を飛び出す姿を二度見たとのこと。


一方、大輔君の方は、7歳のとき実の両親が事故死、遠縁の現在の両親に引き取られた。しばしば、養父母の怒鳴り声と少年の鳴き声を耳にすると隣家の人が語った。学校関係者からは、顔のアザを質したら「転んだ」と答えたとのこと。


小笠原里緒は義父からの性的虐待、武村大輔は義両親から度重なる暴行と、それぞれ疑惑があり、二人は東京都八王子市の児童養護施設に一時保護された。

しかし、女性捜査員が何度訪れても、二人の口は固く閉ざされたままだった。 


康太から話を聞いた由衣が動いた。

「合わせて、あたしと大樹で」

半ば強引に面会が実現した。




施設の一室、由衣と大樹は、席に着いて待つ里緒と大輔の前に腰を下ろした。

由衣は、笑みを浮かべて切り出した。

「こんにちは、今日は”人間カメラ”を見せに来たの」

「人間カメラ?」

「何それ?」

二人は首を傾げ、由衣は大樹を促した。

「やって見せて」

大樹は、飄々とした顔を二人に向ける。

「本棚から好きな本を持って来てくれる?」


二人はしばし本棚を眺め、それぞれ気に入った本を一冊ずつ持って来た。

「それでは大輔君から。どのページでもいいから開いて一秒くらい見せて」

大輔が開いたのは電気機関車の写真が載ったページだ。

大輔が本を閉じると、大樹はスケッチブックに一分ほど色鉛筆を走らせ、テーブルに立てた。


二人は本のページとスケッチブックを見比べた。

「スゲー! そっくり」

「すごーい! 説明文まで同じ」

「時間をかければ、もっと細かく描けるんだけどね」


大樹がページを切り離して大輔に渡し、美緒に笑みを向けて小さく頷いた。

「次は、あたしね」

美緒は、招き猫のように座っている茶トラの猫の写真を一秒ほど見せる。

大樹は、また一分ほど色鉛筆を走らせた。

二人は本の写真と見比べ、目が点になって口をポカンと開けた。


里緒は大樹とじっと見て、小首を傾げた。

「お兄さんは、どうしてそんなことができるの?」

「最新の研究論文によると、大脳の神経接続の特殊性に起因するもので、シナプスが……」

由衣は大樹の膝を軽く叩き、口を開いた。

「彼はね、サヴァン症候群といって脳の神経が普通の人と違うの。今みたいに見たものを映像で記憶しちゃうの。他にもいろいろ」

「へぇぇー! で、いろいろって?」

「ウソを見破っちゃうとか」

「えっ!」


二人が顔を見合わせると、由衣はゆっくりと首を振った。

「あたし達は、ドラマの刑事みたいに、”ウソつくなっ!”なんて怒鳴って机を叩かないから。彼の"人間ウソ発見器"は使わないし、あなた達を助けに来たのよ」 

「助けるって何をしてくれるの?」

「このままだとあなた達、家に戻されちゃうよ。嫌でしょ? 所長さんが、来たときよりずっと明るくなったって。正直に話してくれれば大人になるまで居られる」


二人は頷き合い、里緒が由衣を見据えた。

「お姉さんを信じる。本当の話をします」

「録音していい?」

大輔がニヤっと笑みをこぼす。

「いいよ。どうせお兄ちゃんは、”人間ボイスレコーダー”なんでしょ?」

 

由衣がそれぞれの家庭の事情を聞き、次のことが判明した。

里緒は、養父にしばしば意味も無く抱き付かれたり、入浴中に勝手に侵入されたりと性的虐待を受けていた。母親は、男の子が生まれて育児にかまけ、六歳上で引け目も感じているのか、見て見ぬ振り。

一方、大輔は、養父母と義兄から傷跡が残らない程度に、叩かれたり、蹴られたりと、日常的に暴行を受けていた。 


次に由衣は一枚の写真を二人の前に置いた。

「この人、知ってる?」

二人は、ハッと息を飲んだ。

「大丈夫。この人は、重いエビアレルギーで死んだってわかってるから」


その一言が、最後の壁を崩した。二人は頷き合って、里緒が語り出した。

「二人で別荘の近くを歩いてると、この男が脇道から現れた」

「うんうん」

「”パンケーキ焼いたから一緒に食べないか?”と誘われた。怪しそうなので断わったら、ツチブタが…… あっ!」

「アハハハ、そっくりよね。ツチブタでいいわよ」

「ツチブタが大輔君の首に腕を回して”一緒に来い! 言うとおりにしないと、こいつを絞め殺すぞ”って言いました。別荘まで行って、そして……」

里緒は顔を覆って泣き出した。

「話したくないことは話さなくていいの」

 

由衣が里緒の後ろに回って肩を抱えると、大輔が喋り出した。

「続きは僕が……。別荘のデッキでツチブタは里緒に”服を全部脱げ”って言った。里緒が脱いだらスマホで写真を撮った。ツチブタは次に里緒の首に腕を回し、僕にも”服を全部脱げ”と言って写真を撮られた」

由衣は目を潤ませた。

「酷い!」 

「ツチブタはウッとうなって”逃げたら写真ばらまくぞ”と言い残し、別荘の中に駆け込んだ。ウンコしに行ったと思う」

「それで?」

「服を着てるうちにツチブタがフラフラしながら戻ってきて、目の前で倒れた。スマホを取ろうとしたら起き上がってきた」

「うん」

「二人で夢中になってデッキにあったモップと物干し竿で、あちこち叩いた。動かなくなったのでスマホを取って逃げた。スマホは石で叩き潰して捨てた」


梅雨の季節で人がいるのは、大村が借りた広い別荘地の一番奥のE棟のみだ。しかも、他の棟の陰で管理棟から見えず、多少の物音と音声は届かなかったのである。

大村はその後、助けを呼ぼうと、玄関からリビングの内線電話まで這って行き、そこで力尽きた。


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