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見える僕と理解する君  作者: 芳里 匡喬


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BとG その6 トイレットペーパー

翌日午後、高見沢家のダイニング、康太と由衣と大樹の三人がテーブルを囲んでいる。この三人以外は、それぞれ仕事に出ていた。


「録音、助かった。あとは、大村のアナフィラキシーショックが、仕組まれたものかどうかだな」

康太が二人に礼を言うと、由衣は手の平を差し出す。

「謝礼は?」

「まったく……。全容が解明されたらな」

康太は由衣の手を軽く叩く。

「それにしても意識が飛んで行く中、写真を奪われまいと覚醒したか。大村らしい」

「二人は、このまま施設に居られるわよね?」

「問題ない。アナフィラキシーショック発症に対して二人に責任はない。暴行も正当防衛が成立する」

「よかった」

由衣は安堵して笑みをこぼす。

「大輔君には、里緒ちゃんがついてるし、大丈夫そうね。ちょうと大樹にあたしがついてるみたいに」

「ブッ!」 

康太が盛大に吹き出した。

「それは逆だろ。大樹君がいなかったら、お前が卒業する頃には学舎が建て替わってる」

「失礼ね!」

由衣は頬を膨らませる。

「でも、あたしには、大樹が大好きなものがあるもん」

「ん! それは?」


由衣は、どこか含みがありそうな笑みを浮かべた。

「それはねー……」

そして大樹に向き直る。

「大樹、気にしてない振りしたって分かるんだからね」

大樹の視線が泳ぎ、由衣は挑発的に口角を上げる。

「だからそれはー……、大き過ぎず小さ過ぎず、丸みを帯びて形良く整った、あたしのオッパ……ん!」

大樹は素早く由衣の口を塞ぎ、無理やり話題を変えた。

「まだ事件は解決してません」

康太は頬を膨らませ、必死に笑いを堪える。

「ウッ……そ、そうだな。胃の内容物に甲殻類は出なかった。大きな謎が残ったままだ」

「んーっ!」

由衣が大樹の手をペシペシ叩くが、大樹は離そうとしない。

「クッ……図星かよ」


康太の一言に、大樹が耳まで真っ赤になった。

ようやく手が離れると、由衣は睨み付けた。

「認める?」

大樹は縮こまって小さく頷く。

「……はい」




騒ぎが治まり、康太が腕を組んで天井を眺めていると、大樹が、おずおずと口を開いた。

「あのー……気になることが、あります」

「なんだい?」 

「山辺の視線が防犯カメラに0.8秒向いていました」

「何それ? もっとわかりやすく説明してね」

由衣は大樹の口元をチョコチョコつつく。

「山辺はカメラの向きを確認してた。意図的にアリバイ作りをした感じです」

「山辺には引っ掛かるものがある。だが動機が弱いし、証拠もない」

二人に、捜査状況を伏せる意味が無くなったので、大樹は、山辺の防犯カメラの映像を見ていた。


「あと、大村はウンコしたあとにアナフィラキシーショックを発症しました。これも気になります」

「そういや司法解剖の報告では、大村はイボ痔だったな」

「それって痛いですか?」

「そりゃそうだろう! イボ痔に糞が付いてシャワーで洗うときも、拭くときも」

「はい」

「そうだ! トイレに散らばった糞からアレルゲンが検出できるかも」

「もうっ! そういう話、ほんと無理!」

由衣は顔をしかめ、勢いよく立ち上がる。

「二人でやってなさいよ! コンビニ行ってくる」

可憐な少女マンガの世界にのめり込んでいる由衣は、下世話な話は大嫌いである。 


由衣が出て行ったあと、大樹が声を上げた。

「あっ! 別荘のトイレの写真ありますか?」

「聞いてみよう」

康太はスマホを取った。




五分程経って、康太が声を上げた。

「来た」

康太は、鑑識が送った画像をパソコンに表示する。

「トイレットペーパーが気になります」

大樹は一枚の写真に釘付けになった。

「ん? どこが?」

康太が覗き込むと、大樹はカーソルで指し示した

「予備のペーパーとは紙質が違います。使いかけの方は柔らかそうです」

「痔持ちの大村は柔らかなペーパーを用意したのか?」

「”ウンコしたら血が出た”と言っていました。大村の痔は内痔核です。排便時に脱肛しやすい」

「そりゃ柔らかなペーパー欲しいわな」

「内痔核は出血しやすく、吸収性が高いです。……それと、この端は」

大樹は、画像を拡大する

「スッキリしてなく、手で巻いたよう見えます」


エコバックを提げた由衣が、ダイニングに戻ってきた。

大樹の隣に座るなり、頬をギューッとつねる。

「お前ら、まだやっとるんかい!」

「イテテテ、い、痛いです……!」

大樹の悲鳴が響く中、康太はガッツポーズをした。

「そうか! 大村はエビ紛が仕込まれたペーパーを渡されたんだ!」




山辺の自宅アパートに程近いドラッグストアの防犯カメラが確認された。大村の死亡推定日の二日前、山辺が映っていた。別荘で押収したトイレットペーパーと同一商品が、当日の売り上げ記録にあり、山辺の来店時刻と重なった。

さらに、押収したトイレットペーパーから、科捜研で微量のエビ粉が検出された。


捜査令状が発行され、捜査員らは山辺のアパートに向かった。

しかし、山辺の姿はなく、腕時計、サイフ、携帯、カード類と、身の回りの品々が消えていた。

鑑識が、キッチンの床から極微量のエビ紛を採取し、別荘で押収したトイレットペーパーのものと成分が一致した。

山辺の逮捕状が発行され、全国指名手配の手続きが取られた。




二日後、事件は誰もが予想できない終局を迎えた。 

帰宅途中、大樹のアパートの手前、右に曲がると高見沢家に着くT字路に差し掛かったとき、大樹は、ふいに足を止めた。

「ここにいて」

大樹が曲がり角まで来たとき、由衣と同じヘアースタイルの女が飛び出した。いや、女ではない。山辺唯斗である。


山辺は大樹に襲い掛かる。

大樹の身体が山辺の動きに合わせ、滑らかに反応する。奥襟を掴んで膝車で転がし、袈裟固めで抑え付けた。

驚いたことに、山辺は喜色満面である。唇を尖らせ、大樹へ顔を近づける。キスしようとしている。

「や、やめてください……!」

涙目で顔を背けながらも、大樹は拘束を緩めない。

滑稽で、異様で、想像を絶する光景である。


「何やってんのよ!」

由衣が駆け寄り、片手で通報しながら、バッグで山辺の頭を何度も叩く。しかし何の効果もない。


程なく由衣の次兄、康史が駆け付け、由衣にガムテープを放り投げる。そして大樹に入れ替わり、山辺をうつ伏せに押さえ込んだ。由衣と大樹は、ガムテープで山辺の両手足を拘束した。

遠くからサイレンの音が近づく。やがてパトカーがT字路に到着して警官が降りてくる。山辺は、その場で現行犯逮捕された。

呆然として座り込む大樹を、由衣は覆い被さるように抱きしめた。




取調べが行われ、山辺は素直に供述した。


大村が企んだ医学生カップル誘拐は、実はチャンスがあった。

午後五時半頃、男子学生のアパート近くのT字路付近は、大方の家は夕食の買い物が済み、勤め人は帰宅前で一時的に人通りが途絶える。特に雨脚が強いときは誰一人見ない。二人はちょうどその時間にそこを通る。

ワゴン車を二人の横で急停車させ、一人に二人で襲いかかり、素早く車に押し込めば成功する可能性は十分にあった。


大村はBだが僕はGで、男子学生に想いを寄せている。大村に凌辱されるのが堪えがたく、それを伝えなかった。

しかし、大村はまだ二人の誘拐を諦めていない。「金で何でも引き受けるハングレを紹介しろ」と言われた。そればかりか「責任を取れ」とほざいて僕に迫った。

あんな奴を相手にするくらいなら死んだ方がましだ。だが、この世にはまだ未練がある。そこで消すことにした。

大村が、「せっかく借りたので別荘に行く」と言った。大村は酷いエビアレルギーで痔持ちなのは知っていたから利用した。エビ粉を仕込んだ柔らかなトイレットペーパーを、大村は喜んで受け取った。


僕は頭がいいんだ。でも大学に行くより、こっちの世界の方が性に合っている。このトリック見破ったのはあの医学生か? 

ともかく、ドラッグストアで刑事らしい男を見かけ、僕に手が回るのは時間の問題。最後に想いを遂げよう。

彼を待ち伏せして抱きついた。だが、あっと言う間に転がされて押さえ込まれた。しかし、抱かれた心地で幸せだった。だから後悔はしてない。




翌日、康太がアパートを訪れ、由衣と大樹に結末を語った。

康太が出て行った後、由衣はニヤニヤしながら大樹を質した。

「ねえ、右のホッペが赤くなってるわよ。山辺の唇が触れたからゴシゴシ洗ったんでしょ?」

ふてくされた顔を背けて返事をしない大樹に、由衣は抱き着いた。

「あたしが忘れさせてあげる」

由衣が赤くなった頬にキスをし、続いて唇に自分の唇を重ねると、大樹は、由衣の背中にそろそろと手を回した。

二人は人生二度目のキスを交わした。




その後、大村の男子児童と女子児童に対する鬼畜な所業は、週刊誌に詳しく掲載された。ネット上に拡散され、さらにテレビでも報道された。

大村の父親は県会議員を辞職した。


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