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見える僕と理解する君  作者: 芳里 匡喬


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BとG その3 奇妙な死体

梅雨入りから二週間、七月に入った。

あの日、大樹が口にした”卵焼き”は、由衣にとって半ば課題のようになっていた。

三日に一度は母に教わり、出汁や砂糖の配分を変え、スパイスを加えたり、焼き方も変えた。

しかし、「おいしい」とは言うが、”これだ”という反応は一度もない。


(何かが足りない……でも、見当もつかない)




そんな日々が続いて七月の最初の土曜日、大樹のアパートで昼食後、由衣は冷蔵庫からアイスコーヒーを出した。

「ねえ、昨日、帰りにコンビニ寄ったとき、変な男が、ジロジロあたし達を見ていたの」

コップを差し出しながら続ける。

「先週、帰りに、駅でオニイとたまたま合ったでしょ。そのときも見た気がする。気づかなかった?」

ちなみに由衣は、長兄の康太を「お兄ちゃん」、次兄の康史を「オニイ」と呼んでいる。


大樹はノートを取り出して鉛筆を走らせ、見る間にイラストを描き上げた。

「この人?」

由衣は即座に頷いた。

「そう、こいつ」

大樹は淡々と続けた。

「大村と揉めたとき、女装して大村の後ろにいた。大学の帰り、着けて来たことがあった」

「は!?」

由衣の表情が固まる。


「じゃあ、あたし達がターゲットってこと?」

「可能性は高い」

「”高い”じゃないでしょ!」

「非常に高い……いや、あの……確実」

「あぁぁーっ! それでこの前、下着売り場にまで着いてきたんだー!」

「……うん」

「黙りこくって顔真っ赤にしてさ。着けて欲しいのかと勘違いしてエッチな下着買っちゃったじゃない!」


由衣は両手で大樹の頬を掴み、ギューッと左右に引っ張った。

「もうっ! 早く言いなさいよねっ!」

「イテテテテ」


自分が誤解しておいて理不尽ではあるが、大樹も早く話すべきだった。男の視線が由衣より自分に、格別多く向けられていたので、大樹はあえて話さなかったのである。




一週間後、山梨県富士吉田市の貸別荘で、大村淳(おおむらじゅん)・中明大学一年・東京都中野区在住・二十一歳の死体が発見されたとの報道があった。別荘の管理人が、貸し出し期限が来たので確認しに行ったところ、部屋の中で倒れている大村が見つかった。


検視の結果、その場で死亡が確認され、他殺の可能性が高いとし、山梨県警は捜査を開始した。

司法解剖の結果、死後五日経過したものとみられた。大村は貸別荘を五日間借りており、滞在初日に死亡したことになる。

大村は、リビングにうつ伏せに倒れており、玄関から這ってきた痕跡があった。

頭部、胸部、腹部、陰部など全身に無数の小さな傷、打撲痕、皮下出血が認められた。だが、どれも致命傷には至らない軽度なものだった。


室内で争った形跡はなく、屋外で暴行されたと考えられた。だが、連日の雨で敷地やデッキなど、下足痕等の痕跡は消失していた。

室内には、大村が運び入れたと考えられる手錠や足かせなど、各種拘束器具、高画質のビデオカメラがあった。また、大村の財布と免許証はあったが、携帯電話だけが消えていた。


同期生達、大学の学生課職員の聴取で、以下の事実が明らかになった。

大村は、大学に一年間の休学届を出していた。講義を休んでばかりで留年は確実だった。女子学生によく話しかけていたが誰も相手にしなかった。よく歌舞伎町などの繁華街に行っていた。得意そうに商売女の話をしていた。




翌日の日曜日、山梨県警の刑事二人と、警視庁の刑事、山県警部補と柿崎巡査長が捜査協力で同行し、大樹のアパートを訪れた。由衣と兄の康太が同席した。


大樹は、高校時代の大村との関係、再開時の出来事ーー由衣が突き飛ばされた件、以上を包み隠さず話した。


康太は、大樹に頭を下げる。

「由衣を助けてくれて、ありがとう」

「いえ」

大樹が短く返すと、康太の顔が引き締まった。

「なぜ通報しなかった? 大村を暴行容疑で逮捕できた」

由衣が言い訳した。

「あたしが止めたの。だって、あいつ後々まで恨み抱えそうでしょ」


康太が舌打ちすると、柿崎刑事が取りなした。

「まあまあ、警部、今さら蒸し返しても。我々が全力を注ぎますから」

山県刑事がゆっくりと頷く。

「お任せいただきたい」

 

柿崎刑事は、康太と歳の近い知り合いのようだ。軽々しいところがあるが、それを帳消しにする行動力があった。対して山県刑事は無口で重厚な感じの四十過ぎの男。対照的な二人は、ペアを組んで数多くの実績を積んでいた。




大樹が、例のギャグ漫画風の大村のイラスト二点をパソコン画面に表示した。

覗き込んだ全員が「ブッ」と吹き出すが、大樹は平然としている。


「再開したときの大村を描きました、刑事さんに託します」

大樹は、この絵が強い印象を与えるので、大村の目撃情報収集に役立つと考えたのである。


笑いが治まった山梨県警の刑事の二人が、大きく頷いた。

「写真よりこれの方が、思い出す人は多いだろうな」

「そうですね。福光さん、ありがとうございます」

肩を震わせながら柿崎刑事が口を出した。

「クッ、こ、これ……。既にネットに出回ってる。特徴があまりにも一致してるんで、大村って特定されてる」

「えーっ! 僕、絶対投稿してないです」


大樹が首を振ると、康太は由衣を睨んだ。

「お前だろ!?」

「あたしじゃない!」

「お前以外、考えられんのだが」

「……友達に送っちゃったのは認める。でも、その子には実在の人物って言ってない。どう見てもギャグマンガのキャラクターじゃん……。プッ」

由衣は堪えきれず、吹き出してしまう。

「それで、かえって拡散しちまったのか……。しかし、大村を知ってる誰もが本人って分かっちまうなー」

柿崎刑事が笑いを堪えながら口を挟んだ。

「まあ、いいんじゃないですか? 役に立てば……。ブブッ」

「だが、亡くなった人を笑いの種にするのはよくない」

「大樹は、そんなつもりなんかなかった。お兄ちゃんこそ失礼じゃない?」

大樹が真顔で頷く。

「はい、個性的なパーツを強調しただけです」

康太は納得がいかない様子だが、山県刑事がケリをつけた。

「後の祭りですな。捜査を優先させましょう」




「大樹、あれ」

由衣に促されて大樹が、スケッチブックを差し出した。

「ご覧ください。大村と関係がありそうな人物のイラストです。彼が描きました。あたしが大村と言い争いしたとき、一緒にいた人です」

柿崎刑事が覗き込む。

「なかなかの美人だな。お嬢さんの足下にも及ばないが」

由衣の口元が、意地悪そうに緩んだ。

「刑事さん、その人、女装した男ですよ」

「あっ!」


由衣が目配せして、大樹がもう一枚のイラストを出した。

「この男、先日、家の近くまで、つけてきました。その前も一度見かけてます」

「なかなかの男前だな。君の足下にも及ばないが」

柿崎刑事が感想を述べると、由衣の口元がまた意地悪そうに緩んだ。

「その人、さっきの女装男と同じ人です」

「あっ!」

柿崎刑事は顔を赤くして頭を掻く。


苦笑いしながら、康太が低く呟いた。

「由衣と大機君を尾行していたのが引っかかるな。ともかく早く探し出そう」




山梨県警富士吉田署に設置された捜査本部に、警視庁から山県刑事と柿崎刑が捜査支援で参加し、プロファイリング支援で警察庁行動分析課・高見沢警部が加わった。


捜査は、東京都中野区の大村のマンション周辺、新宿歌舞伎町などの繁華街、中明大学大宮キャンパス周辺、富士吉田市の大村が借りた別荘周辺と、広範囲に及んだ。それぞれ防犯カメラの映像記録の精査と、大村の写真と例のイラスト、大樹が描いた”女装”と”通常”の双方のイラスト、以上を用いて聞き込みが徹底された。


五日後、有力情報が上がる。

歌舞伎町の牛丼屋の店員が、大村のイラストに目を留めた。「窓越しにこの不細工男が見えた。一緒にいたイケメンが、こっちの絵に似ている」と証言した。そこで周辺の防犯カメラの映像を、従業員に見てもらったところ、一致する人物が見つかった。


さらに、その映像を由衣と大樹に確認させたら、「間違いない」と証言した。捜査本部は、男はオカマの可能性が高いと判断した。捜査員達は、歌舞伎町周辺のオカマバーを片っ端から当たり、ついに男を捜し出した。

男は山辺唯斗(やまべゆいと)、二十一歳、東京都新宿区在住、歌舞伎町のオカマバーに勤めるオカマだった。


任意同行に応じた山辺は大村との関係を認めた。だが、大村の死亡につぃては、関与を不定した。

山辺の供述は具体的だった。


五月の連休明け、店に来た大村を接客した。

「風俗の女はそっけなく不細工が多い。クラブのいい女は、金目当てなのは見え見え、本当のところは俺を嫌がってる。だから来た」

さもあらんと吹き出しそうになった。僕だってこんな不細工な男は相手にしたくない。だが、金遣いが荒いので興味を持った。親が神奈川県の大地主だと知った。いい服を買ってくれるとか気前が良いので、付き合うようになった。

ひと月程前、大村と一緒に”新井”という医学生の帰宅を喫茶店で待ち伏せした。大村はそいつに懸想していた。大村が医学生の彼女と言い争いになり、突き飛ばしたのを目撃した。


数日後、大村が店に来た。その医学生カップルを両方、手に入れたいという。

こいつはバカかと思った、ガキじゃないのを二人も誘拐するなど、成功するわけない。

それでも、金目当てで話に乗った。現金五十万円を受け取り、誘拐可能な場所と時間の調査した。

結果、「二人の帰宅時刻頃は人通りが多く、遅く帰ることは無く、誘拐は不可能。やるなら誘い出すしかない」と伝えた。


大村が(くわだ)てた大樹と由衣の誘拐は、山辺の判断で実行に移されなかった。大村殺害の関与に対し、死亡推定日、前日、翌日も防犯カメラの映像と、勤め先の従業員の証言により、山辺には、完璧なアリバイがあり、捜査本部は送致を見送った。




金曜日、大樹は高見沢家の晩餐に招かれた。

食後、何事もなかったように、由衣と大樹は、ネコジャラシで寛太と遊んでいる。

無邪気に笑い合う二人。だが、彼らは何も知らされていない。誘拐計画の存在も、その標的が自分たちだったことも。

一般人に捜査状況は開示できない。それが原則である。


康太は、静かにため息を吐いた。

(他に誘拐計画に関わった者は? 実行役は?)


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