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見える僕と理解する君  作者: 芳里 匡喬


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12/25

残像 その6 アドレナリン

捜査本部は犯行現場周辺の防犯カメラを再精査した。

その結果、歩行者デッキの真下、タクシー乗り場付近を歩く、大樹の描いた人物と酷似した服装の男が確認された。さらに事件当日の大宮駅西口のデパート付近の映像に、同じ服装でマスクを外した男の姿が映っていた。


人相から江口氏と同じ会社に勤める、聞き込みをした男と同一と判明した。男は、岩崎直道(いわさきなおみち)・三十歳・さいたま市大宮区在住だった。


県警は岩崎の自宅アパートに急行し、任意同行を求めた。岩崎は事件現場付近にいたことは認めた。だが、殺害については否認。その日は一旦解放された。


二日後、岩崎に再度任意同行を求め、取調室で事件現場周辺の動画を流した。

肝心の岩崎と江口氏は映ってなかった。だが、音声が流れる。


「イテッ」

「思い知れ! ざまあ」


岩崎の全身が細かく震えた。


「イテッ」は江口氏、「思い知れ! ざまあ」は岩崎の声によく似ていた。


実は、事件現場付近の二台の防犯カメラには、集音装置が備えられていた。

科捜研で二台の防犯カメラの録音データを音声処理し、喧騒の中から特定の音声を抽出・増幅した。

抽出に必要な岩崎の声は、先日の取り調べの録音から、江口氏の声は、会社のテレビ会議記録から得たものだ。

音声照合の結果が決定的な証拠になり、岩崎は自白した。


動機は、二年前に(さかのぼ)る。

会社は、主に中国、韓国、東南アジア諸国に対し、食品・食材を輸出入する商社である。

岩崎は輸入担当部署の主任、江口氏は経理部の主任だった。


岩崎は二年前、江口に輸入代金横領の証拠を握られた。逃げ場はなかった。

岩崎は、繰り返される金銭要求に耐え切れず、江口の殺害を決意した。

そこで、共謀して横領をやった輸入先の担当から、国内では入手困難なパラチオンを手に入れた。


岩崎は江口を付け回し、行動を把握した。

休日の十時少し前、決まって歩行者デッキを通り、手作りパン屋に出かける。

岩崎は、防犯カメラの位置を確認し、決行する場所と日時を決定した。


決行の日、岩崎は、歩行者デッキの防犯カメラの死角で、背後から江口の腰に注射して殺害。犯行前後二回分の着替えをモールの個室トイレに用意し、犯行直前直後に服装を変えた。

トイレの清掃時刻を予め把握し、他の利用者を避ける為、糞便を撒き散らすという異常な手段まで取っていた。


江口も上司に報告義務があるのに、私腹を肥やした。高いつけを払うことになった。




呼び鈴が鳴って大樹がドアを開けると、米田刑事がいきなりまくし立てた。

「いやー、またまた大変お世話になりました。これ山形のお袋が送ってきたんだ。受け取ってくれ」

「あ……」

「捜査協力の謝礼が出るぞ。今回のと前の分。遠慮すんなよ」

「でも……」

「俺は、信用してたからな。福光さんの絵、疑うなんておかしいって主張したんだ」

「……」

「それにしても、後から送ってきた絵は凄かったねー! 眉の脇のホクロまでぴったりだった」

「たい……」

「これからもよろしく……いや、事件は起きない方いいか。ほんとにありがとう。じゃあ、これで」

「ありが……」


米田刑事は、段ボール箱を大樹に押し付けた。中には里芋がぎっちり詰まっていた。

大樹が礼をする間もなく、米田刑事は助手席に乗り込んで車は発車した。


玄関で箱を抱えたまま、呆然としている大樹に、後ろから由衣が声を掛けた。

「もう行っちゃったの?」

「捜査協力の謝礼が出るって。どうしよう?」

「どうもこうもないでしょ。学費や生活費の足しにしなさい」

「うん。じゃあこれ……、もらってくれる?」

「あら! 里芋がこんなに。食べきれないよね」

「うん」

「そうだ! 今晩、うちで一緒にご飯食べればいいじゃん」

「……」

「あれ? 何その顔」

「でも……」

「変に気を使わなくていいから」


連休初日の朝、二人は、先日、見られなかった映画をこれから見に行く。朝食前の出来事であった。




朝日が差し込み、大樹は眩しさに目をしょぼつかせ、由衣が持ってきたクロワッサンを食べている。

由衣は、両手で頬杖を付き、そんな大樹を眺めている。


(なんか、かわいい)


事件が解決して晴れやかな気分。だからこそ、抑えいたものが顔を出す。


「ねえ、オッパイ触ってみる?」

「ウッ!」


大樹はパンを吹き出しそうになって頬を膨らませ、顔全体が忽ち真っ赤になった。

交感神経の活性化でアドレナリンが分泌され、血管が拡張して顔面紅潮になった。解っているが、どうにもならない。


「アハハハハ」

由衣は笑い転げる。

「冗談よ。でも安心した。大樹もそういうとこ、普通の男の子ね」

「フウゥゥー……。この前、もうやらないって言ったくせに」

弱い抗議である。


由衣は、そんな大樹を見ながら思う。

(やっぱり楽しいのよね、これ)

(今回の事件で、距離が少しは縮まった気がする。このままでいいかも)


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