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黄金の国の狩人  作者: 神誠
第五章 想いの刃

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英雄の帰還

「しばらくここで待っていてくれるか? 隠している本物の盃を取ってくる」


 そう言って狩人はいったん姿を消し、五分程で戻ってくる。

 彼がいなくなっている間に、エーリヒはゲオルグの首を拾って布に包み、持ち帰るための準備を済ませていた。


「待たせてすまない。入口を見に行こう。もしかしたらゲオルグが開いたままにしているかもしれない」

「ああ、そうだな。開いていなかったら朝まで待たなきゃいけないが……その時はまあゆっくり休むとしよう」


 そうして二人は入口のあった場所へと向かって歩き出す。

 歩いている間、エーリヒはこれまでにあった色々な事を思い出していた。

 そして、これから先のことにも想いを馳せる。


「世界は救われたんだろうけど……あまり実感が湧かないな」

「そうか……俺も同じだ」

「でも事実なんだよな……で、それをやったのは俺たちだ。外に出たら英雄として賞賛されたりするかもな」


 そのエーリヒの言葉に真十郎は苦笑を返す。


「それこそ実感が湧かないな」

「だが事実だ。外に出たらせいぜい周りの連中に自慢してやろうと思うんだ。この世界を救ったのは俺なんだってね」


 そんなたわいもない話をしながら、二人は歩いていく。

 やがて、この異空間と元の世界を繋ぐ出入口のあった場所に二人は戻ってきた。

 前回侵入時のようにゲオルグが入口を開けたままにしていてくれればなどと考えていたが、そこに出入口は見当たらない。

 仕方なく二人はそのまま待つことにする。

 朝になれば、コリンナがやってきて再び入口を開いてくれるはずだった。


 そうして四時間程経った頃、空間に小さな歪みが生じ始めた。

 徐々にそれが大きくなっていき、円形の人が通れる程の大きさの穴となる。

 二人はその入り口から脱出して王城の地下に戻っていく。

 入口の前ではコリンナが待っていた。

 彼女は二人の姿を見ると安堵したように大きく息を吐いていた。


「ああ、よくぞご無事で! もし失敗していたらと気が気では無かったのです。お二人とも無事ということはうまくいかれたのでしょう?」

「ああ、うまくいったよ。ゲオルグも倒した。もう大丈夫だ」


 そう言ってエーリヒは布に包んだゲオルグの首を腰から外し、持ち上げて見せた。


「ああ…本当に、本当に良かった」


 そう言って、コリンナは再び安堵のため息を漏らす。


 三人は連れ立って地下道を伝い、城の外へと向かった。

 外に出ると、まだ早朝であるにも関わらず所々で騒ぎが起こっていた。

 町中で幾人もの兵が倒れて動かなくなっていたのだ。

 それらは皆悪霊に取りつかれた者達だった。

 彼らを狂わせていた元凶であるゲオルグが死んだせいで、彼等に取り憑いていた悪霊も離れていったらしい。


「このまま城に行ってみよう。あの悪魔は倒れ、その力に支配されていた者たちももういない。であれば城に戻っても大丈夫だろう」

「疲れておいででは無いですか? いったん戻って休まれては?」

「いや、大丈夫だ。あの悪魔を倒したということを皆にも早く伝えてやりたい」


 エーリヒが足を止め、真十郎に声を掛けた。


「俺たちはこれから城に向かうが、君はどうする?」

「俺はこのまま神聖帝国に戻ろうと思う」


 その言葉にエーリヒはわずかに驚きの表情を浮かべた。


「もう、行ってしまうのか?」

「ああ、与えられた任務は完了した。オステンブルクに帰って報告をしなければ」

「少し休んでからでは駄目なのか?」

「ああ、すまない。早く帰って報告したいんだ」

「そうか……そうだな。出来ればもう少しいて欲しかったけど、仕方ない」

「真十郎殿には帰りを待ちわびておられる方もおりますしね。ありがとうございました、真十郎殿」

「ああ、そういえばそうだった。早く帰って元気な姿を見せるべきか。君には本当に世話になった」

「いや、俺のほうこそあなた方には随分と助けられた、ありがとう」


 名残惜し気な表情を浮かべるエーリヒに対して、真十郎は笑みを返す。


「元気でな、真十郎殿。気が向いたら、いつでも遊びに来てくれてかまわない。アーデルラントの王として歓迎するよ」


 そう言ってエーリヒが差し出してきた手を真十郎は握り返した。


「ではまた」

「ああ、また会おう」


 握手を交わしたのち、真十郎は二人に背を向け歩き出した。

 残った二人は、立ち止まったままその後ろ姿を見送っていた。


「俺達は運が良かったんだろうな。彼がいなかったら、今頃どうなっていただろう?」

「運……なのでしょうか? あのような能力を持つ人物が、あの悪魔に対する切り札となる武器を持ってやってきたのです。やはり神の加護があったのではないかと私は思うのです」

「そうだな……やはり神に感謝するべきか」


 真十郎の姿が、立ち並ぶ家々の陰に消えるまで、二人はその姿をずっと目で追い続けていた。




 真十郎と別れたエーリヒとコリンナはその足で王城へと向かった。

 城門の前にたどり着くと、そこには二人の門衛が立っていた。

 そのまま歩いていくと、その門衛たちに行く手を遮られる。


「何者か?」

「俺の顔に見覚えは無いか?」

「何?」


 門衛の問いに対するエーリヒの返答を聞いて、門衛たちは眉を潜めながらもその顔を凝視する。

 数秒ほどして彼等の顔に驚きの表情が浮かんだ。


「まさか……」

「エーリヒ殿下!?」


 戸惑う二人に、エーリヒは苦笑を浮かべて見せた。


「ああ、当たりだ。そのエーリヒだよ。こちらは元宮廷魔術師のコリンナ様だ。中に入りたいんだが問題無いかな?」


 門衛は驚きのせいかエーリヒの問いにも答えず、呆然とした表情を浮かべたまましばらく動けずにいた。


「そんな……どうして戻って来られたのですか?」


 絞り出すような声でそう口にした門衛はその顔に悲痛な表情を浮かべていた。


「とりあえず、一旦中に入れては貰えないかな。色々と皆に話したいことがあるんだ」

「……わかりました」


 門衛が道を開け、エーリヒとコリンナは城内へと入っていった。

 二人を見つけた騎士や兵士が戸惑ったように声をかけてくる。


「あ、あなたは、エーリヒ殿下!? それにコリンナ様? 何故ここに!?」


 すぐにエーリヒとコリンナの元に大勢の騎士たちが集まってきた。

 集まった騎士たちは二人の周りを取り囲むように立っている。

 その騎士たちの一人が前に進み出て来て、苦し気な表情を浮かべながら語りかけてきた。


「殿下、どうしてお戻りになられたのですか? 我らはゲオルグ陛下より殿下の捜索と捕縛の命令を受けているのです。そのお姿を目にしてしまった以上、この場で殿下の身柄を拘束させていただかねばなりません」


 その騎士の言葉にエーリヒは小さく首を振って答えた。


「大丈夫だ。もう父の出した命令を守る必要はない」


 そう言って手に持っていた包みを床に置き、広げて見せる。

 包みの中から出てきたゲオルグの首を見て、周りを囲んでいた兵たちから驚きの声が漏れた。


「これはもしや……ゲオルグ陛下?」

「すでに知っているかもしれないが、父は異界の悪魔に精神を乗っ取られていたんだ。だが見ての通り、その悪魔も死んだ」


 兵たちは皆驚きに目を見開き、身動きできなくなっていた。

 だが十数秒程の沈黙ののちに、突然一人の騎士が地にひざまずき、天を仰いで大声を上げた。


「おお、神よ! ありがとうございます! 遂に! 遂に正義が為され、悪魔は滅ぼされた! 偉大なる神よ! 感謝いたします!」


 それを契機に周りの騎士たちからも喜びの声が上がり、それはやがて歓声へと変わっていった。

 最初は神を称える声が上がっていたが、いつのまにかそれはエーリヒを称える声へと変わっていた。

 やがてその歓声を聞いた者たちが周りに集まって来た。

 人が増え、歓声とざわめきが次第に大きくなってゆく。


「我が国を、我が民らを苦しめていた悪魔は滅びた!」


 そのエーリヒの言葉に周囲から大歓声が湧き上がる。

 彼等も皆ゲオルグの存在に恐怖を抱き、その死を望んでいたのだろう。


 その様子を眺めるエーリヒの心は大きな達成感に満たされていた。

 これで全て終わった。

 遂に自分は成し遂げたのだと……。

 そう思うと今まで忘れていた疲労がどっと押し寄せてきた。


 気づけばエーリヒは地面に仰向けになって倒れていた。

 どうやら一瞬だったようだが、意識を失って倒れてしまったらしい。


「エーリヒ様!」


 コリンナが驚きの声を上げながら駆け寄り、その体を抱き起こそうとする。

 それに対して、大丈夫だと示すために自分で体を起こそうとして途中でやめた。


 ……このままでもいいよな。


 ふとそう考え、そのまま少し横になっておくことにした。

 あれだけ働いたのだ。

 少しくらい休ませて貰っても文句を言われたりはしないだろう。


「大丈夫ですか、エーリヒ様!」

「ああ、大丈夫。少し疲れただけだ。コリンナ様の言うとおり、少し休んでから来るべきだったよ」


 驚き慌てた様子で呼びかけるコリンナに、そう言って安心させるように笑みを浮かべて見せた。


「少し休ませてくれないか。明日からはちゃんと働くから……」


 冗談めいた口調でそう言ったエーリヒに、コリンナはほっとしたようにため息を吐いてから穏やかな笑みを浮かべた。


「承知致しました。ではゆっくりとお休みください。明日からはまた忙しくなるでしょうから」

「ああ、すまない……」


 そう言ってエーリヒは仰向けになったまま真っ直ぐに前を見る。

 その視線の先には透き通るような青色に染まった空が広がっていた。

 その青の中を薄雲が静かに流れてゆく。


 エーリヒは目を閉じ、これからのことに想いを巡らせる。

 ゲオルグのせいで大勢が死に、国は荒れ果ててしまっている。

 立て直すのに一体どれ程の時間と労力がかかるだろうか。


「全く、嫌になるね」


 苦笑を浮かべながら呟き、そしてそれ以上考えるのをやめた。

 先のことはまた明日考えればいいだろう。

 今はただ休みたかった。


 周りから聞こえる歓声はさっきよりも大きくなっていた。

 どうやらどんどん人が集まってきているようだ。

 人々のこれほど大きな喜びの声を聞いたのはいつ以来だろう。

 エーリヒはその顔に満足げな笑みを浮かべたまま、その意識を手放し深い眠りの中へと沈んでいった。






 その日もアンナは真十郎の小屋の中で一人過ごしていた。

 既に空は紅く染まり始めている。

 今日も真十郎は帰っては来なかった。


 真十郎が任務を無事達成したという知らせは、魔術による通信によって数日一週間ほど前にオステンブルクにも届いていた。


 明日は帰って来るだろうか?

 そろそろ帰ってきてもいい頃だと思うのに。

 ここ数日、アンナはずっとそんな事ばかり考えている。


 暗くなる前に城に戻らなければならない。

 溜息をつき小屋を出て、家路に着こうとした時だった。


 小屋に向かって歩いてくる男が見えた。

 男はローブを纏っている。

 フードのせいで顔は見えなかったが、アンナは期待を込めて待ち人の名を呼んでいた。


「真十郎?」


 呼びかけたアンナの声に、男がローブのフードを上げて顔を見せた。

 そこには彼女が期待した通りの、ずっと帰りを待ち望んでいた男の姿があった


「アンナ? なぜここに?」


 その彼の問いには答えないまま、アンナはそのまま真十郎の元まで駆けて行って彼に抱きつき、抱きしめた。


「おかえり、真十郎」

「ああ、ただいま」


 そのまましばらく相手の体を抱きしめて温もりを感じてから、アンナはその身を離して真十郎の顔を見た。


「任務はうまくいったんでしょう?」

「ああ、任務は果たせた……だが大勢死んだ。俺の力が足りないせいで,シャルロットの姉も救うことが出来ず死なせてしまった」


 そう語る真十郎の表情には、任務を達成した事に対する喜びの感情は見られなかった。

 その表情はまるで自分を責めているかのように見えた。

 いや、実際にそうなのだろう。

 それは昔の……まだ会ったばかりの頃の彼を思い出させた。


 アンナは彼を慰め、労うための言葉を探そうとしたが、その言葉を見つけるよりも早く真十郎が再び口を開いた。


「君にも謝らなければならない事がある」


 そう言って真十郎は一本の短剣を取り出した。

 それはアンナの母の形見で真十郎に御守りとして預けた短剣だった。


「君が御守りとして貸してくれたこの短剣を、ゲオルグを倒すために武器として使った。どうか許してほしい」

「そうなのね……でも、どうして謝るの? これがあなたの助けになったのなら、私もうれしいわ。謝る必要なんてどこにも無いでしょう?」

「そうか……ありがとう」


 そういって真十郎は短剣をアンナに手渡してきた。

 アンナはそれを受け取りながら、これを武器として使ったという状況が気になっていた。

 ほかに武器として使える物が無いほど、真十郎は追い詰められていたのだろうか。

 だがそんな事は今聞くことではないと思い直す。

 彼は今無事な姿で彼女の前に立っている。

 彼女にとってはそれだけで十分だった。

 彼にそれを……彼が帰って来ることを自分がどれほど待ち望んでいたのかを伝えたかった。

 アンナにとって彼は掛け替えのない存在であるのだということを、彼にわかって欲しかった。

 その自分を責めているかのような彼の表情を見ているのが辛かった。

 出会ったばかりの頃のように、今も自分は価値の無い人間だなどと思ってしまっているのだろうか。


「大変だったのね。でも良かった、無事に帰ってきてくれて。あなたの無事を祈りながら、ずっと帰りを待っていたわ」

「俺も……向こうにいる間、ずっと君の事を考えていた。君に会いたいと……ずっとそう思っていた」

「私もよ。ここでいつもあなたの帰りを待っていた。早くあなたに会いたいって、そればかり考えていた」


 もっと、もっと強く今自分が抱いている思いを伝えたい。

 そう考えたが伝えるための言葉が浮かんでこない。

 もどかしく思いながら口にするべき言葉を探し続けるアンナよりも先に、真十郎が言葉を続けた。


「これまでも俺にとって君は特別な……掛け替えのない存在だった。君とこれから先もずっと一緒に過ごすことが出来るのだとしたら、それがもし現実になるのだとしたら、それはどれほど幸せなことだろうかと……そんな事をずっと考えていたんだ」


 真十郎が自分からこんな話をするのは初めてだった。

 彼が自分から何かを求めるのを、アンナは見たことが無い。

 その彼が自分と共にいたいと語っている。

 アンナはそれを邪魔せずに聞くことにした。


「俺なんかには過ぎた願いだとは思っている。だがそれでも、君に許して貰えるのなら……どうか、これからも君の傍にいさせて欲しい」


 出発前に想いを伝えたアンナと同じように、真十郎も自分の想いを伝えてくれたのだろう。

 真十郎がアンナの想いを拒絶することなど無いだろうとは思っていた。

 だが断り切れず受け入れるよりも、心からそれを望んで貰えるのであれば、そのほうがずっといい。

 相手も自分と同じ思いでいてくれるのだとしたら、これほど嬉しいことは無かった。


 真十郎に傍に居て欲しい。

 そして未だに自分を価値の無い存在であるかのように考えている男の傍にいてやりたいと思う。

 その思いを伝えるためにアンナは真十郎に語りかける。


「許すも許さないも無いわ。前にも言ったでしょう? 私がそれを望んでいるんだもの。理由なんて何でもいいの。あなたが私の傍にいてくれるならそれで。だから、お願い……これからもずっと傍にいて」

「……ありがとう」


 感謝の言葉を口にする真十郎をアンナはもう一度強く抱きしめた。


「あらためて、おかえりなさい、真十郎。これからもよろしくね」


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