幸せな夢
クラウディアの死後、その遺体は四肢をバラバラに切断され、王城前の広場に晒された。
だが、翌日の朝にはその遺体は消え去っていた。
そして遺体のあった場所には、見張りとして立っていた二人の兵の屍だけが残された。
その屍は二体とも、頭に矢を突き立てた状態で死んでいたという。
王都を見渡せる丘の上に真十郎とエーリヒ、コリンナの三人は立っていた。
あたりはまだ暗い。
三人の足元にはいくつもの石が積み上げられている。
その石の下にはクラウディアの遺体が眠っていた。
東の空から朝日が昇るのが見える。
その光を浴びて、雲が光り輝いていた。
もうずいぶん長い間、三人はその場に一言も発すること無くただ立っていた。
日が完全に昇り、すっかり明るくなった頃になって、ようやくコリンナが口を開いた。
「これからどうするつもりですかな?」
そう問いかけるコリンナに真十郎とエーリヒが視線を向ける。
それに先に応えたのは真十郎だった。
「俺はまだ……やれるところまでやってみるつもりだ」
「この状況で、まだゲオルグ王を暗殺しようというのですかな?」
「そうだ」
「そうですか……」
その答えを聞いたコリンナは小さく息を吐きながら呟きを漏らした。
そして今度はエーリヒに視線を向ける。
「エーリヒ様は身を隠されたほうがよろしいでしょう」
「いや、俺もまだやるつもりだ」
エーリヒはその視線を足元に向けたまま、小さく首を横に振って見せた。
その言葉に、コリンナの表情が険しいものになる。
「正気を保っておる王族は、もはやあなた様だけなのですよ」
「神聖帝国にシャルロッテがいる。たとえ俺が死んだとしても、後のことは神聖帝国が何とかしてくれるだろう」
コリンナは険しい表情のまま、しばらくエーリヒをじっと見つめていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「確かにそうかもしれませんがな」
「姉上と……仲間たちの死を無駄にはしたくないんだ。ここで諦めるつもりは無い」
エーリヒはそう口にして、ずっと足元に向けていた視線をコリンナに向ける。
「コリンナ様はどうするんだ?」
「私もまだやるつもりです。可能性が低くとも逃げ出すわけにはいきません。あれが為そうとしている事を止めねば、いったいどれ程の災いとなるか想像もつきませんのでな」
「……そうだよ。この国だけの問題ではない。仲間は皆いなくなってしまったけど、やるしか無い」
そう言ってエーリヒは他の二人を見回してからその頬に笑みを浮かべて見せた。
「でも……良かったよ。一人でもやるつもりだったけどね。やっぱり、君たちがいてくれると心強い」
そう言ってから、エーリヒはおどけたような表情を浮かべて見せた。
だがその表情には楽しげな様子はかけらも見当たらない。
「私も同じです」
そう口にするコリンナの言葉を真十郎は黙って聞いていた。
彼も同じだった。
たとえ自分一人になったとしても、ゲオルグを殺すつもりだったが、仲間がいてくれるのはありがたい。
彼等と協力してどのようにして事を進めるべきか。
いまの真十郎の頭の中は、そのことでいっぱいになっていた。
「クラウディア王女が死んだ?」
カールは部下からの報告に驚き、問い返していた。
報告によれば、クラウディア王女は死に、彼女の率いていた組織の構成員もほとんどが殺され、ほぼ壊滅状態らしい。
「真十郎はどうなった?」
「それについてですが……狩人の生死は確認されておりません。ですが、状況からみて無事である可能性が高いかと」
そう言って、部下は真十郎についての報告を始めた。
アーデルラントに潜入させている諜報員の報告によると、残忍な方法で処刑されようとしていた王女を弓で射殺した者がいるらしい。
さらに、広場に晒されていた王女の遺体は翌朝には何者かに持ち去られていたという。
替わりに頭に矢を受けた見張りの兵の死体が残されていたのだそうだ。
おそらくは真十郎の仕業なのだろう。
それらの情報を見る限り、部下の言葉の通り真十郎は生きているように思われる。
「そうか……あいつのことだ、生きてはいるのだろうが……エーリヒ王子や女魔術師はどうなった?」
「それについてはわかりません。あちらの組織内部の連絡員とも連絡が取れなくなってしまっていますので。ですが、エーリヒ王子は生きている可能性が高いのではないかと。反乱の首謀者の一人ですので、もし捕らえられたりしていれば、王女のように見せしめとされていたでしょう」
「そうか……」
部下は一息ついてから、さらに報告を続ける。
「さらに、その前日の夜にゲオルグ王を暗殺するために王城に忍び込む計画でした。それについても報告が無く、このような状況になっていることから、おそらくは失敗に終わったのではないかと思われます」
カールは厳しい表情をその顔に浮かべながら、その報告を聞いていた。
部下が報告を終えた後も、そのまま考え込むようにしばらく沈黙していた。
部下はカールが何らかの反応を示すまで、ただ静かに待っていた。
一分程の沈黙の後に、やっとカールが口を開いた。
部下に対して労う様に声をかけ、さらに追加で念を押す。
「このことは父上以外には口外無用だ。特にアンナにだけは絶対に知られないように気を付けてくれ。いいな?」
「承知しました」
「ご苦労だった。下がっていい」
部下が一礼して部屋から出ていった。
カールは自分以外誰もいなくなった部屋で、一人大きくため息を付いた。
「真十郎……」
あの男なら問題なく成し遂げるだろうと思っていた。
だが、見通しが甘かったらしい。
元々常人には不可能に近い任務だった。
あの男に出来ないなら、他の誰にも出来はしないだろう。
協力者を失ったことも相当な痛手だ。
組織が壊滅した事はもちろんだが、旗頭であるクラウディアを失った事が何よりも痛い。
エーリヒが生き残っている可能性が高いというのがせめてもの救いではあったが。
真十郎にとっても、現地の人員の協力が得られないのでは任務の達成難度は跳ね上がるだろう。
無理をするなと言っておいたが、任務遂行を断念して帰ってくるつもりは無いのか?
それとも、まだ十分に勝算があると考えているのか?
真十郎は今、隣国の王都にいる。
彼のためにしてやれることなど何もない。
何かをやろうとしても、その距離ゆえに相応の時間がかかってしまうだろう。
それでは何の助けにもならない。
今のカールに出来ることは、ただ彼を信じることだけだった。
「……せめて無事に戻って来い」
カールは内心の不安を打ち消すかのように、一人呟きを漏らしていた。
街外れにある真十郎の小屋の中で、アンナは一人忙しく立ち働いていた。
今、彼女は真十郎の住処の掃除をしている最中だ。
真十郎がいなくなってから、ほぼ毎日アンナはこうして主が不在の小屋を訪れていた。
彼女はそれまで掃除などやったことがなかった。
城の召使いにやり方を教わり、慣れない作業を必死で覚えながら今日までやってきた。
おかげで今は誰の助けも借りずにやれる程度には上達していた。
当然ながら、侯爵令嬢のやるようなことではないと召使い達には止められた。
自分たちが代わりにやるからと、そう言われたがアンナはそれを断った。
何もせず、ただ待つだけなのは嫌だった。
何でもいい、真十郎のために何かをしていたかったのだ。
こうして小屋を訪れていると、真十郎を身近に感じられるような気もした。
一通り掃除を終え、アンナは部屋の中央にあるテーブルの傍に置かれている椅子に腰を下ろした。
テーブルはアンナの自室にあるものとは比べ物にならない程に粗末なものだった。
だがそれが普段想い人が使用しているものだというだけで、かけがえが無いほどにいとおしく思えてしまう。
彼が帰って来るのが待ち遠しい。
真十郎に与えられた任務……王を暗殺するというそれが困難なものだということはわかっている。
だが、彼はたった一人で一万二千の軍勢を退けたほどの男だ。
きっと無事に任務を終えて帰ってくるだろう。
兄も大丈夫だと言っていた。
何も心配することは無い。
彼女はただ信じて待っていれば良いのだと、そう自分に言い聞かせる。
「早く帰ってこないかな……」
アンナは呟き、テーブルに頬を寄せて笑みを浮かべた。
想い人と結ばれる未来をその心に思い浮かべながら。
少女は今日も幸せな夢を見る。
遠く離れた場所に在る想い人がどれほど苦しんでいようとも、彼女にはそれを知るすべは無い。
四章はこれで終了となります。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




