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黄金の国の狩人  作者: 神誠
第四章 澱んだ都

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抗う者たち

四章の投稿を開始いたします。

四章は四話以降から残酷な描写が多くなっているため、そういったものが苦手な方はお気を付けください。

 アーデルラント王都の外れにある教会の地下にある一室で、クラウディアは一人手紙を読んでいた。


 その場所は教会に救いを求めてきた者達を匿うために作られたものであるらしい。

 戦禍から逃れるための避難場所として利用されていたという記録も残っている。

 現在この場所にはクラウディアと志を同じくする者が五十人ほど潜伏していた。

 地下の空間は広く、その倍の人数を収容しても十分な余裕があった。


 王都内にある彼女の協力者は既に千人を超えている。

 それだけゲオルグ王を何とかしなければならないと考える者の数が多いということだ。

 王都内のみではない。

 国内の一部の貴族達とも協力を取り付けている。

 彼等は影ながら援助してくれていた。

 そして隣国の神聖帝国もまた、彼女らに協力してくれている。

 神聖帝国は妹であるシャルロッテを受け入れ、その身を保護してくれてもいた。

 彼女が読んでいた手紙はその神聖帝国から送られてきたものだった。


 クラウディアが手紙を読み終え一息ついたところに、近づいてくる者があった


 一人は鎧を身に付けた若い騎士だった。

 黒髪に翠色の瞳。

 クラウディアの弟でありアーデルラントの第二王子であるエーリヒだ。

 もう一人は年老いた老婆だった。

 深い紫色のローブを纏い、真っ白な頭髪を首の後ろで束ねている。

 その手には古びた杖を握っていた。

 身長はエーリヒの肩のあたりまでしかない。

 その顔も手も皴だらけで、相当な年寄りであることがうかがえた。

 だが、その背は真っ直ぐに伸び、身の所作にも緩慢なところは無い。

 その佇まいからは年による衰えはまるで感じられなかった。

 その茶色の瞳は深い英知を湛えて輝いている。

 老婆がその顔に優し気な笑みを浮かべながら、クラウディアに声をかけた。


「シャルロッテ様から手紙が届いたと聞きましたが?」


 年相応にしわがれたその声はしかし、空気の振動を肌で感じ取れる程に力強くその場に響きわたる。


「はい、コリンナ様。あの子は無事神聖帝国にたどり着けたそうです」


 そう言ってクラウディアは微笑みを返した。


「ふむ、私も見せて頂いてもよろしいですかな?」

「ええ、どうぞ」


 枯れ枝のような指で手紙を受け取った老婆は、時折何かに納得したかのように一人頷いたりしながら手紙を読み進めていく。

 そうして手紙を読み終えたコリンナは、その手紙をクラウディアに返す。

 手紙を受け取ったクラウディアは、そのままそれをエーリヒに向かって差し出した。


「エーリヒ、あなたも読む?」

「ああ、ありがとう」


 頷き、手紙を受け取ったエーリヒがそれを読み始めた。

 しばらくは黙って読んでいたが、やがてその表情が訝しむかのようなものへと変わっていく。

 その表情を見て、クラウディアがエーリヒに声を掛ける。


「どうしたの? シャルロッテは無事だったのよ。嬉しくないの?」

「いや、あいつが無事だったのはもちろん嬉しいよ」

「その割には随分難しい顔をしているように見えるわ」


 姉の問いに、エーリヒは微かに苦笑を浮かべながら頷いた。


「本当にアンドレアスは死んだんだって思ってね」


 アンドレアスが死んだという情報は、彼らも既に掴んでいた。

 最初はその真偽を疑っていたが、どうやら真実らしい。

 彼だけではなく、幾人かいたその高弟達も命を落としているらしく、その姿を見かける事はなくなっていた。


 だが、その死の原因まではわからなかった。

 シャルロッテの手紙には、彼女自身の現在の状況以外にも、アンドレアスの死についても書かれていたのだ。

 手紙に書かれてあった内容が真実であるならば、彼らは皆たった一人の狩人の手によって殺されたことになる。

 それはアンドレアスの力量を良く知る彼らにとって、にわかには信じがたいことだった。


「この異国の狩人ってのは随分と優秀な人物らしいね」


 エーリヒの言葉に、クラウディアは頷きながら笑みを浮かべて答えた。


「そうね。そんな人物の助けを得ることができたのだから、シャルロッテは運が良かったのかもしれないわね」

「運と言うか、その狩人を派遣したのはエルヴィン皇太子なんだろう? 皇太子に感謝するべきだな。……それにしても一体何者なんだろう?」

「なんでも、カール様の友人なのだそうよ。以前にカール様の命を救ったことがあるのだとか。カール様の推薦で、今回シャルロッテを救うために派遣されたらしいわね」

「それは初耳だな。カールってオステンブルクの……兄上と仲の良かったあの人だよね」

「ええ、そうよ」


 二人はカールに何度か会ったことがあった。

 兄であるヴァルターと仲が良く、この国にも何度か訪れたことがあったからだ。


「でも、本当にその男がアンドレアスを殺したのかな? あの魔術師を単身で倒すような人間がいるなんて、とても信じられない。兄上でも無理なんじゃないか?」

「あなたならどう?」

「無理に決まってる」

「そう……コリンナ様ならどうでしょう?」


 そう言って、クラウディアは老魔術師に視線を向けた。


「昔ならともかく、今はもう無理でしょう。魔術の腕が衰えたとは思っておりませんが、戦いの場で激しく動き回るほどの体力は残っておりません。さらに、あの男には常に複数の弟子が付き添っておりました。それも相手にせねばならないとなれば、私には荷が重いですな」

「報告ではその弟子達も皆死んだって話だよね?」

「ええ、そうね」

「それをたった一人でやったっていうんだろう? ちょっとね……信じがたい話だ」

「そうね……でも、アンドレアスが死んだのは間違いない事実で、その杖をその人物が持ち帰ったのだから、それ以外には考えられないでしょう?」

「まあ、そうなんだよね……」


 そう言って難しい表情のまま考え込むエーリヒを見ながら、クラウディアはその頬に笑みを浮かべて見せた。


「どうしても真偽が気になるっていうのなら本人に直接聞いてみるといいわ」

「本人? まさか、この国に来てるってことかい?」

「今はまだ……ね」


 そう言って、クラウディアは別の手紙をエーリヒに手渡した。


「これは?」

「一緒に届いたエルヴィン様からの手紙よ。その狩人の事について書かれているわ」


 エーリヒはそれまで読んでいたシャルロッテからの手紙をクラウディアに返して、エルヴィンからの手紙を受け取り、読み始めた。

 その手紙には、その狩人をこの国に派遣するつもりであること、そして何故その男を派遣するのかということ、つまりその男の能力とこれまでに何を為したかについて書かれていた。

 それを読み進めていくうちに、エーリヒの表情はさらに訝しげなものに変わっていた。


「神聖帝国の国境に現れた草原の民の軍を単身で退けた? 一万二千の軍勢を? 一体どうやって?」


 その弟の言葉に、クラウディアはおかしそうに笑って見せた。


「私に聞かれても困るわ」

「信じられないけど、皇太子が嘘をつくとも思えない……」


 エーリヒは一人首をかしげながら、ため息をついて手紙の続きを読む作業に戻る。

 やがて手紙を読み終え、それをクラウディアに返す。


「しかし何故ただの狩人が単身で軍を追い払うなんて、そんな真似を?」

「ただの狩人では無いということでしょう。本人か、あるいは神聖帝国がその素性を隠しているんじゃないかしら」

「そうか……だが、もしこれが本当なら俺らにとってはありがたいことだよ」

「ええ。その手紙に書いてある通り、その人物をこちらに派遣するように今調整してくれているそうよ」

「あまり外部の者に期待しすぎるのも良くないんだろうけど……少し気が楽になるね」


 そう言ってエーリヒがおどけたように笑みを浮かべて見せた。

 そんな彼に対して、コリンナが横から窘めるような口調で言葉を掛ける。


「気を緩めるのは全てが終わってからのほうが良いでしょう。ゲオルグ王……いや、かつてそうであった者を打ち倒さねば、この国のみならず世界の全てを危険に晒すことになるのです」


 コリンナの言葉に、クラウディアとエーリヒの表情が険しいものに変わる。


「その話ですけれど、やはり間違いは無いのですか? 父が異界の悪魔に取って替わられているというのは」

「間違い無いでしょう。あの者の発する異常な魔力と気配は人の発する物ではありません。あれはもはや、かつての王とは別の存在です」


 クラウディアの問いに、コリンナは険しい表情で頷きながら答えた。

 エーリヒが大きく一つ溜息を吐いてから苦々しさを含んだ口調でコリンナに問いかける。


「異界の存在は通常の武器では殺せない……だっけ?」

「その通り。魔力を帯びた武器以外では傷一つ付けられません」

「だが、肉体は父の物なんだろう? 精神を乗っ取られただけで、体は人間のままなのにそんなことになるのか?」

「精神と肉体は魂に紐付く物なのです。あれは既に魂まで入れ替わっている筈です」

「そうか……」


 そう口にして、エーリヒは再び深いため息を着いた。


「しかし、コリンナ様がいてくれて良かったよ。その情報が無ければ普通の武器で襲撃して、相手に傷一つ付けられず、訳も分からないまま全滅してたところだ。武器もなんとかして貰えるしね」

「おっしゃる通り、武器については私が何とかいたしましょう。ですがそれ以外にあれがどのような力を持っているかわかりません。十分に用心なされますよう」

「わかってるよ。慎重に事を運ばなきゃいけない、焦っちゃいけないってのもわかってはいるんだけどね……時間の余裕もあまり無いんだったよね?」


 ゲオルグ王が何らかの魔術的な儀式を行おうとしているらしい、という情報を彼等は入手していた。

 ゲオルグは王城内にある宝物庫から「深淵の盃」と呼ばれる魔道具を持ち出したらしい。


「異界の存在はこちら側の世界ではほとんどの力を失います。その失った力を取り戻すために、閉じることの無い異界への門を開こうとしているのでしょう。そうして一度門が開かれたなら、あれが力を取り戻すのみではなく、異界の邪悪な存在が際限なく門から溢れ出してくることになります」

「その門ってのはどうやって開くんだ? 方法がわからなければ、それを阻止するのも難しいだろう?」

「異界の存在を呼び出すための召喚術を用います。異界へとつながる通路を作り出すのですが、通常の召喚術とは比べ物にならぬ程に大きな通路を開けるのです。その通路が一定以上に大きければ、それは閉じることなく残り続けます。ですが、通常の召喚術で閉じることの無い程に巨大な通路を開くのは到底不可能です。時間を掛けて準備をし、相応の儀式を行い魔力を増幅させても人の身では不可能でしょう。異界の存在であってもそう簡単ではありません」

「それがその……深淵の盃ってやつを使えば可能なんだったっけ?」

「はい。あれは異界の存在や、その力を呼び出すための道具にございます。その盃に血を注ぎ儀式を行えば異界との通路を繋ぐことが可能です。人や獣の血程度では不可能でしょうが、膨大な魔力を内包した今のゲオルグ王の血であれば、決して閉じることがないほどの通路をひらくことも可能でしょう」

「で、その通路が開ききってしまったら、俺らにはもう打つ手は無いって事か」

「そのとおりです」


 コリンナの言葉に、クラウディアとエーリヒの表情がより険しいものに変わる。


「で……その儀式とやらはいつ頃になりそうなんだい? 実際俺たちにはどの程度の猶予が残ってる?」

「星の並びにより最も魔力の高まる日に、王はその儀式を行うでしょう。あと一月程先になるかと」

「一月ね。はあ……それまでに決着を付けなきゃいけないのか。全く嫌になるね」

「そうね。でも悪い事ばかり考えていても気が滅入ってしまうわ。シャルロッテは無事で、強力な助っ人も来てくれる。今はそれらの幸運に感謝しましょう」


 そう口にして、クラウディアは再びシャルロッテからの手紙に目を向けた。

 妹を救ってくれた狩人は、どの程度自分たちの助けになってくれるだろうか。

 期待しすぎるべきではないだろうとは思う。

 だが、その狩人がいてくれれば、目的を達成出来る確率は高くなるはずだ。


「神よ、どうか我らにご加護を……」


 手紙に視線を向けたまま、クラウディアは祈りの言葉を呟いていた。



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