奇跡の正体
その日の午後、アンナは父であるヘルマンの私室にいた。
丸テーブルをヘルマン、カール、アンナの三人で囲んで座っている。
父と兄が真面目な顔をして話し合いをしている横で、アンナは一人戸惑っていた。
なぜ自分がこの場に呼ばれたのか、彼女にはわからなかったからだ。
アンナ以外の二人は隣国であるアーデルラントの王の暗殺についての話をしている。
そんな話が自分に関係があるとは到底思えない。
「あの……お父様?」
「ん? どうした、アンナ」
「私はこの場に必要なのでしょうか?」
アンナの言葉を聞いたヘルマンはその頬に苦笑を浮かべて見せた。
「そうだな、すまない。先にその話をしよう。……お前は隣国の王が狂ってしまったという話は知っているか?」
「はい。そのためにシャルロッテ様はこの国に逃げてきたのでしょう? アーデルラント国内はひどい有り様だと聞いています」
ヘルマンは頷き言葉を続ける。
「今、クラウディア王女とエーリヒ王子がゲオルグ王を廃するために動いているのだ。ありていに言えば二人は王の暗殺を企てている」
ヘルマンの言葉を引き継ぐように、カールが口を開く。
「その助けとして真十郎をアーデルラントに派遣しようと思っているんだ」
その言葉に、アンナは驚き目を見開いた。
それまでの会話に真十郎の名は一度も出てきていなかったからだ。
一国の王を暗殺しようというのだ。
それがとてつもなく困難な任務であるということはアンナにもわかる
何故そんな任務の話にただの狩人である真十郎の名などが出てくるのか?
「真十郎を? そんな……どうして?」
疑問がそのまま口をついて出てきた。
ヘルマンはアンナのその戸惑いを予想していたかのように、苦笑を浮かべながら頷いて見せた。
「彼が適任だと、そう思ったからだ」
そう言われても、アンナには意味が分からないままだ。
「なぜそう思われたのですか? それに……危険なのではないのですか?」
アンナは自分の声が震えているのに気づいていた。
大勢の兵に守られた一国の王を暗殺するという任務の危険度は、一体どれ程のものになるだろうか。
「もちろん、危険だ。並みの人間なら……いや余程優れた能力を持った者でもそれを達成するのは難しいだろう」
「だったらなぜ!?」
アンナにはそれが理解できない。
達成不可能な任務を真十郎に課して、亡き者にしようなどと考えているのだろうか?
兄のカールに目を向けてみた。
父の言葉に兄が反対している様子も無い。
兄は最近随分と真十郎と仲良くなっているように見えた。
その兄が真十郎に無理難題を押し付けようとしているなどとは考え難かった。
真っ直ぐな兄の性格から考えてもありえない。
そんなことを考えながら、じっとその顔を見つめていると、カールは笑みを浮かべアンナに言い含めるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「それでもあいつなら何とかするだろうと思っているからだ」
そう言われて、アンナは何も言えなくなってしまう。
少なくともカールが嘘を言っているようには見えなかった。
本当に真十郎ならうまくやれると信じているのだろう。
カールはその頬に笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「もちろん、お前の言う様に簡単な仕事では無い。もし真十郎がそれを無事やり遂げることができたなら、それ相応の報酬を与えようという話になっていてな。まずは相応の地位を与えるつもりだ。最低でも騎士には任命することになるが、実際にはもっと高い物になるだろう。それについては、エルヴィンにも話を付けてある。それともう一つ、あいつに妻を娶らせようと思っている。相手は貴族の娘だ。どちらかというとそちらのほうが重要でな。地位を与えるというのも、その娘を妻とするための最低限の条件を整えるためなんだ」
そのカールの言葉を聞いたとたんに、それまで抱いていた不安……真十郎の身を案じる想いが吹き飛んでいた。
驚き、そしてすぐに胸を締め付けるような感覚が強くなった。
それと共に吐き気に似た感覚がこみ上げてくる。
顔を上げたままでいられず、俯き下を向いた。
「アンナ?」
兄に名前を呼ばれて顔を上げた。
「大丈夫か?」
「……はい……大丈夫です」
そう答えながら、アンナは再び俯いた。
涙が零れそうだった。
必死に唇を噛んで、感情を抑えようと努力する。
いつかこんな日が来るとは思っていたが、もう少し先のことだと思っていた。
今すぐにこの場を逃げ出して自分の部屋に戻りたいと、そう思った。
「その相手というのも、既に決まっていてな。あとは本人の了承を得るだけだ」
どうしてそんな話を自分にするのか?
なぜ自分を呼んだのか?
自分に何の関係があるのだろう?
アンナは必死に唇を噛んで、感情を抑えようとしていた。
そうしていなければ今にも泣き出してしまいそうだった。
「なぜお前がこの場に必要なのかと、そう聞いていたな?」
そうだ、どうして自分を……
そこまで考えて、何かが引っかかった。
俯くのをやめて顔を上げ、兄の目を見つめた。
そんな筈は無い。そんなうまい話がある筈が無い。
だが、もしかしたら……そんな縋りつくような思いを抱きながら、アンナは兄の言葉を待つ。
「相手はお前だ、アンナ」
それはアンナが期待していた言葉で、そして絶対にありえないだろうと思っていた言葉だった。
「もし真十郎を夫として迎え入れろと言ったら、お前はどうする?」
求めていた通りの言葉を聞かされても、アンナはそれを信じることが出来なかった。
そんな事がある筈が無い。
実際は今自分はベッドの中にいて、夢を見ている最中なのかもしれない。
あるいは兄が自分をからかっているのではないか
アンナは何の反応も出来なかった。
きっと間抜けな顔をしていたのだろう。
カールがアンナの顔を覗き込むように呼びかけてくる。
「おい、聞いているか?」
「あ……えっ?」
「まったく……もう一度言うぞ、真十郎をお前の夫として迎え入れろと言ったらどうする? もちろん、お前が嫌だというならこの話は無しになる」
アンナは未だ混乱から抜け出ることが出来ていなかった。
懸命に状況を頭の中で整理しようとするが、まるでうまくいっていない。
「あの……お兄様? その……よくわからなかったので、もう一度説明していただけますか?」
その言葉にカールはやれやれと言ったふうに首を振りながら苦笑する。
「最初から話すぞ? アーデルラントの王を暗殺するために真十郎を派遣しようと思っている。そして、真十郎がその任務を無事成し遂げたなら、相応の地位を与えお前の夫として迎え入れる。大丈夫か?」
兄の言っていることは理解できた。
だが、感情がそれを受け入れ切れていない。
震える声でアンナはさらなる質問を口にする。
「でも、でも……そんなの無理だわ。一国の王を暗殺するなんて……無理に決まってる」
「言った筈だ。あいつならきっとやってのけると。困難な仕事であるのは間違いないだろうがな。一万二千の軍勢の幕舎に忍び込み、一晩で十人を超える指揮官を暗殺した程の男ならやれるだろうと、俺はそう信じている」
「……? それは何の話ですか?」
アンナは尚も混乱していた。
うまく回らない頭で必死に兄の言葉を理解しようと努力する。
だがそれでも、今しがた兄が発した言葉の意味はわからなかった。
軍勢の幕舎に忍び込んで指揮官を暗殺した?
真十郎がそれをやったと言っているのだろうか?
「ああ、お前には話していなかったな。草原の民の軍勢がやってきたのは覚えているだろう? 奴らが突然撤退していったことも」
「はい……それはもちろん覚えています」
「あの日の朝、奴らは何の前触れもなく撤退していった。それはその前の夜に指揮官を暗殺されていたからだ。一晩の間に上位の指揮官全員が暗殺されていた。奴らは軍の統制を取ることが出来なくなり撤退せざるを得なくなった。それをやったのが真十郎だ。あいつがあの日の夜、草原の民の軍の幕舎に忍び込み、指揮官を暗殺して奴らを追い払った」
そのカールの言葉を、アンナは呆然とした表情で聞いていた。
兄の説明に思考がまるで追いつかない。
「あの、それは……間違い無いのですか?」
「はっきりと聞いたわけではない。だが、おそらく間違いないだろう。それもあとで本人に確認してみるつもりだ」
アンナは草原の民の軍が撤退した前日のことを思い出していた。
その日の午後、アンナは真十郎に会いに行って話をした。
一人の騎士が苦しみながら死ぬのを見た。
そのせいで悩み、真十郎に会いたいと思った。
そんな気持ちで会いに行ったアンナに、真十郎は何と言っていただろうか?
祈れと、彼はそう言っていた。
もしかしたら神が救いの手を差し伸べてくれるかもしれないからと。
その日の夜、アンナはその言葉の通りに神に祈りを捧げた。
そして次の日の朝、草原の民は撤退し本当に全てが終わっていた。
真十郎の言葉の通りに。
こんな事もあるのだと、アンナはただ単純に驚いていた。
それは単なる偶然なのだと。
だがそれでも、真十郎のおかげで救われたような気持ちになっていた。
兄の言葉が真実だとするならば、それは思い込みなどでは無かったということになる。
偶然でも、神が救ってくれたわけでも無い。
彼が……真十郎がアンナを救ってくれたのだ。
真十郎は、たった一人で一万二千の軍勢を追い払った。
自分を救うために。
おそらくは、ただそれだけのために。
「あぁ……」
声が漏れた。
とっさに口に手を当て漏れる嗚咽を抑えようとしていた。
涙がとめどなく溢れてくる。
アンナは胸の奥から湧き出す感情を抑えることができなかった。
「アンナ?」
口を押え、涙を流すアンナの姿を見て、ヘルマンとカールは驚いた表情を浮かべていた。
「アンナ!? どうした?」
驚き、尋ねる兄の言葉に応えようとアンナは泣きながら口を開く。
「わた…し、わたしの……」
しゃくりあげながらもなんとか話しをしようとするが、まともな言葉を発することができない。
「うあ、う……」
嗚咽を漏らすその体を、兄が戸惑いながらも優しく抱きしめてくれた。
アンナはそのまま、しばらく声を上げて泣き続けた。
どれほど泣き続けただろうか。
ようやく落ち着いたアンナは、草原の民が撤退した日の前日に真十郎に会いに行ったことを父と兄に話した。
そこで真十郎に何を話し、そして彼が何と答えたのかも。
「そうか……真十郎はお前のために草原の民の軍を追い払ったと言うんだな?」
アンナは黙って頷いた。
口を開くと一度抑えた感情が溢れ出して、また泣きだしてしまいそうだった。
「アンナ、もう一度聞くぞ。真十郎をお前の夫として迎え入れろと言ったら、お前はどうする?」
「私は……」
答えようと口を開いて出てきた声は、涙声のままだった。
それでもアンナは可能な限りはっきりと、父と兄に自分の思いが間違いなく伝わるようにと、自らの想いを口にしていた。
その日の夕方、真十郎はオステンブルクの城に呼び出された。
城に入り、案内された部屋にはヘルマンとカールが座って彼を待っていた。
そこで真十郎は二人にアーデルラント王の暗殺任務についての説明を受けた。
シャルロッテの姉と兄が王の暗殺を企てており、真十郎にはアーデルラントの王都に赴き、その手助けをして欲しいとのことだった。
「出来れば数日中に答えが欲しいがどうだ?」
「大丈夫だ。引き受けよう」
「いいのか?」
「暗殺が可能かは現地に行って見ないとわからないが、最善を尽くそう」
カールの問いに、真十郎は迷うことなく答えた。
その躊躇いの無さに、質問したカールも苦笑を浮かべる。
その二人の様子を見ていたヘルマンが真十郎に声を掛けてきた。
「まだお前に礼を言っていなかったな。草原の民を追い払ってこの地を救ってくれたこと、そしてカールの命を救ってくれたことも。ありがとう。本当に感謝している」
「礼など不要です。俺がそれを為すことが出来たのも、あなた方が俺の命を救ってくれたからなのですから」
ヘルマンの言葉に、真十郎は小さく首を振って答える。
それを聞いたヘルマンは、その顔に愉快気な笑みを浮かべていた。
「そうか、やはり否定はせんのだな。単身で万の軍勢を退けるとは、まったくもって冗談のような話だが……。褒章についてはもう少し待っていてくれ。この任務の達成時にそれらもまとめて渡そうと思っていてな」
「褒章は……俺は今の暮らしに満足しています。それを与えてくれたのはあなた方だ。これ以上、何も望むものはありません」
「まあ、そう言わず聞いてくれ」
そうして真十郎は暗殺任務を達成した場合の報酬について、カールから説明を受けた。
真十郎は褒章というのは金銭か、それに類するものであろうと思っていた。
だが実際に聞いたその内容は、真十郎にとっては信じ難く、理解し難いものだった。
「……それをアンナは了承したのか?」
「ああ、了承済みだ。ちなみにエルヴィンにも根回しをしている。あの偉大なる皇太子殿下のお許しがあるんだ。何も問題は無い」
冗談めいた口調で話すカールの言葉を聞いても、真十郎は納得がいかず大きく溜息をついた。
「ヘルマン様はそれで良いのですか? 俺はただの狩人です。アンナの相手にふさわしいとは到底思えません」
「ただの狩人は単身で万の軍勢を追い払ったりは出来ないだろう? お前がいなかったら草原の民との戦いで相当な被害が出ていた筈だ。お前はそれを防いだ。その功績をエルヴィン殿下も認めておられる。もちろん我々もだ。お前はただの狩人などでは無い、この地を救った英雄なのだよ、真十郎。そしてアンナ自身もお前を夫にすることを望んでいるのだ」
未だ納得がいかず戸惑っている真十郎の様子を見たカールが、苦笑しながら語りかけてくる。
「納得がいかないなら直接アンナに聞いてみろ。今頃城の中庭でお前を待っているはずだ」
「アンナが?」
「ああ、そうだ。とりあえず話をしてみろ。後のことはそれから考えればいい」
城の中庭で、アンナは真十郎を待っていた。
既に夜はふけ、月明かりが庭を照らしている。
空は晴れ渡り、まばらに浮かぶ雲が月明かりに照らされ美しく輝いていた。
アンナは涼やかな虫の鳴き声を聴きながら夜空を眺めている。
その視界の端に、動くものが見えた。
そちらに目をやると、真十郎が歩いてくるのが見えた。
真十郎の表情は困惑しているように見える。
駆け寄りたくなる気持ちを抑えて、アンナはゆっくりと彼に近付いていく。
真十郎が戸惑ったような口調で話しかけてきた。
「アンナ、話を聞いた。君との結婚について、その……君も了承していると言われたんだが本当なのか?」
「本当よ」
ただ一言、迷い無く答えてアンナはじっと真十郎を見つめる。
真十郎が戸惑うのもわかる。
普通に考えたらありえない話だろう。
アンナもまだ夢ではないのかと思っているほどだ。
だが、これは夢ではない。
せっかく父と兄がこれ以上無い機会をくれたのだ。
それを逃すつもりは無かった。
「どうして黙っていたの?」
「黙っていた?」
「ええ……草原の民の軍勢を追い払ったのはあなたなんでしょう? どうして教えてくれなかったの?」
「……話す必要があるとは思わなかった」
「そう……その、私のためにやったの?」
「……ああ、そうだ」
少しためらうように間をおいて、真十郎が答えた。
「軍隊を相手に……どうして、そんなことをしようと思ったの?」
「……そうしたいと思った。ただ、それだけだ」
「私を助けたいと……そう思ってくれたの?」
「そうだ」
自分の唇が震えているのがわかった。
また泣き出してしまいそうになるのを堪えながら、アンナは言葉を続けた。
「さっきの話、あなたとのことだけど……私は了承したわ」
その言葉を聞いた真十郎は理解できないといった風に首を左右に振った。
「君にはもっとふさわしい相手がいるはずだ。俺なんかが君と釣り合うとは到底思えない」
「あなたなんか……じゃない。あなたがいいの。あなた以外の人と一緒になるなんて嫌。……好きよ、真十郎。ずっとあなたのことが好きだった」
「なぜだ? なぜ俺を?」
「なぜって……わからないわ。気が付いたら好きになっていたもの。……私なんかと一緒になるのは嫌? あなたがどうしても嫌だっていうなら、悲しいけれど諦めるわ」
そう口にして、アンナは眉を寄せ悲しげな表情を浮かべて見せる。
アンナは知っていた。
こういう言い方をすれば、真十郎は絶対に断れないだろう。
手段を選ぶつもりなどなかった。
他に想いを寄せている相手がいたりするならともかく、もっとふさわしい相手がいるからなどという理由で断らせたりなどさせるつもりは無い。
アンナ自身、想いが実ることなど決して無いと思っていた。
だが、父と兄がその想いを叶えるための機会を与えてくれた。
それを無駄にするわけにはいかない。
多少強引にでも真十郎に承諾させるつもりだった。
「何度も言わせないで。愛しているわ、真十郎。本当よ、嘘なんかじゃない」
アンナは真っ直ぐに真十郎の目を見つめた。
その顔に悲しげな表情を浮かべたまま、アンナは少し怒ったような口調で再度問いかけた。
「もう一度聞くわ。私なんかと一緒になるのは嫌?」
その言葉に、真十郎は戸惑いながらも答えを返す。
「まさか、嫌な筈などない。だが……君は本当にそれでいいのか?」
「それでいい……じゃない、それがいいの。他の誰でも無い、私はあなたがいい」
そう言ってアンナは再び、眉を寄せて悲しげに見えるであろう表情を作って見せた。
ここまで言ったのだ。
真十郎が断れるはずが無い。
「お願い、答えを聞かせて」
「君がそれを望むというのなら、それを断る理由などあるはずが無い」
その真十郎の言葉にアンナは微笑みを返して、彼の体を強く抱きしめていた。
真十郎が立ち去った中庭にアンナは一人残って、再び空を眺めていた。
「……夢では無いのよね」
そう呟き頬をつねってみる。
痛みを感じる。
やはり夢では無い。
ついさっき、真十郎にも了承させた。
本当に自分の想いが叶うのだ。
そんなことを考えながら、ぼんやりと夜空を眺めていたアンナの視界に、近付いてくる兄の姿が映った。
「お兄様!」
アンナは兄に駆け寄り、勢いよく抱きついた。
「お兄様……ありがとうございます」
兄に抱き着いたままアンナは心からの感謝の言葉を口にする。
「あいつは何と言っていた?」
「自分では私に釣り合わないだろうと、ずっとそう言っていました」
「まあ、あいつならそう言いそうだとは思っていたがな。だが、そんな事で諦めるつもりは無いんだろう?」
「はい、最後には了承させました」
そう言って微笑むアンナの顔を見ながら、カールもまた楽し気な笑みを浮かべてみせた。
「まあ、お前のためだけに万の軍勢を退けるような男だ。お前が本気で頼めばどんな願いだろうと聞き入れそうだからな」
「これも全てお兄様のおかげです。想いが叶う筈など無いと私自身諦めていたのに」
「あいつが為した事に対して、何らかの形で報いたいと思っていた。ちょうどよくその男に妹が想いを寄せていたからな」
「ちょうど良くって……私のことはついでだったということですか?」
「不服か?」
「いいえ。どんな理由であっても、私の望みを叶えてくださったのですもの。不服なんてあるはずがありません」
そう言ってアンナは兄の体を抱きしめ、その胸に再び顔をうずめる。
そうして兄の鼓動を聴きながら、突然降って湧いた幸福をじっと味わい噛み締めていた。




