↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金の国の狩人  作者: 神誠
第三章 王女の苦難

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/51

皇子と狩人

 真十郎はアンナと馬を並べてオステンブルクの城門を見上げていた。

 六年前にアンナに拾われてから、真十郎は一年程をこの城内で過ごした。

 当時まだ十一歳だったアンナが真十郎の身の回りの世話を一生懸命にやってくれていたのを覚えている。

 アンナは侯爵令嬢だ。

 それまで他人の身の回りの世話などしたことはなかったのだろう。

 ぎこちなく失敗ばかりしていたが、それでも一生懸命に真十郎の世話をしてくれていた。

 そしてこの国の言葉と文字の読み書きも教えてくれた。

 それほど前のことでは無かったが、今ではそれが随分懐かしく感じられた。


「この城の中に入るのは久しぶりだ」

「そうね。五年ぶりくらい?」

「ああ、そうだな……たった五年だが、随分と懐かしく感じる」


 そう言って、真十郎は城門を眺めた。

 たった一年間だったが、この城で過ごした日々を忘れることはないだろう。


「君には本当に世話になったな」

「どうしたの、急に?」


 不思議そうにアンナがそう尋ねてきた。

 なんと答えればいいだろう?

 ただ自然と言葉が口をついて出てきただけだ。

 そこに理由などなかった。

 だからアンナへの質問に対しても、ただ思ったままを正直に口にする。


「……思い出して、君にもう一度感謝の思いを伝えたくなった、ただそれだけだ」


 それを聞いたアンナは一瞬驚いたような表情を見せた後に、嬉しそうに微笑んだ。


「そう、ありがとう」


 そう言って、アンナも前方の城門に目を向けじっとそれを見つめ始めた。

 もしかしたら彼女も自分と同じように、あの頃のことを思い出しているのかもしれない。

 そのまま数十秒程たった頃。

 アンナがこちらに視線を向けて微笑んだ。

 

「中に入りましょうか。みんな待ってるだろうから」


 そう言って馬を進め始めたアンナの後ろについて、真十郎は城の中へと入っていった。







 エルヴィンはカールの言っていた人物が到着したと聞き、期待を込めて待っていた。

 カールがあれほど推す人物とは一体どんな男なのか?

 カールを信用していないわけではなかったが、自分の目で確かめないわけにはいかなかった。


「お父様、真十郎を連れてまいりました」


 ノックの音の後に、扉の向こうからアンナの声が聞こえてきた。


「入りなさい」


 ヘルマンが答えるとドアが開き、アンナともう一人の男が部屋に入ってきた。


「お久しぶりです。ヘルマン様」

「久しぶりだな真十郎。よく来てくれた」


 真十郎と呼ばれた男はヘルマンに挨拶し、ヘルマンもそれに快く返事を返していた。


「ああ、アンナ、お前は席を外してくれ」


 ヘルマンのその言葉に、一瞬アンナは不服そうな表情を浮かべたが、逆らったりすることは無かった。


「では失礼します」


 そう言って退出する前にアンナは不安げな色を宿した視線を真十郎に注いでいた。


「すまんな、真十郎。わざわざ足を運んでもらって」


 そう言って、ヘルマンはにこやかに真十郎を迎えいれた。

 エルヴィンはテーブルに近付いてきた真十郎に右手を差し出し握手を求める。


「はじめまして、僕はエルヴィン。カールとアンナの友人だ。よろしく」

「……ああ、よろしく」


 そう言ってエルヴィンが差し出した手を、真十郎は少し戸惑った様子で握り返す。

 握手をしながらエルヴィンは真十郎を観察していた。

 質素な麻のシャツとズボンという身なりで、黒髪に黒い瞳。

 細身で無駄な肉はほとんど付いていないように見える。

 狩人だということだが粗野な印象は無い。

 穏やかな雰囲気の落ち着いた男。

 それがエルヴィンが真十郎を見て感じた第一印象だった。


「さあ、座りなさい真十郎」


 ヘルマンに促され、真十郎は空いた席につく。

 その姿は先程と同じで落ち着いており、貴族を前にしても萎縮した様子は無い。


「いきなりで悪いが、お前に頼みたいことがあってな」


 席についた真十郎にカールが声を掛けた。

 それに頷きを返す彼に、エルヴィンは語りかける。


「実は僕の知人を助けて欲しくてね。具体的には隣国のアーデルラントに潜入して、とある女性を救い出して来てほしいんだ」

「アーデルラント? 確か北の国の……」


 その真十郎の問いにカールが答える。


「ああ、そうだ。王がおかしくなってしまったと言われていてな。それで他の王族が身の危険を感じて亡命を希望しているんだ」

「王族が?」

「そうだ。アーデルラントの第二王女シャルロッテ。彼女が今この国の国境に向かっている。その王女を無事に神聖帝国領内まで連れてきて欲しい」

「無事にということは、その王女は自国内にあっても危険な状況だということなのか?」

「まあ、そういうことだ」


 それを聞いて真十郎は何かを考え込むように、眉間にしわを寄せる。


「アーデルラントは神聖帝国とは友好的な関係を築いていたはずだが……」


 真十郎の様子をエルヴィンは少し感心しながら眺めていた。

 ただの狩人が他国の情報など知っている必要など無いし、知ろうとも思わないのが普通だった。


「へえ、よく知ってるね。確かにそのとおりだよ。つい最近までは特に何も問題は無かったんだけどね。でも、さっきも言ったように国王に何かあったみたいなんだ」

「王が自らの子供に危害を加えようとしていると?」

「ああ、そうだ。実際、王女には追手がかかっているらしい」

「そうか……俺以外にその仕事を請け負う者はいるんだろうか?」

「今のところお前以外の誰かに依頼しようという話は無い。王女には二十人ほどの護衛が付いている。それに合流して手助けをして欲しい」


 そこまでの話を聞いて、真十郎は少しの間沈黙してから口を開いた。


「やるべきことはわかった。だが……何故それを俺に?」


 それは当然の疑問かもしれない。

 王族を救うなどという重要な仕事を、一介の狩人に依頼する者など普通はいない。


「俺が推薦したんだ。お前ならばきっとうまくやれるだろうと思ってな」


 カールの言葉に、真十郎は驚いたような表情を見せた。


「君には悪いけど、正直僕は半信半疑なんだ。カールが君なら一人でも大丈夫だって言うんだけど、実際どうだろう? 一人でそれをやり遂げる事は可能かな?」


 そのエルヴィンの質問を受けて、真十郎はほんの少しだけ間をおいてから、口を開いた。


「すまないが、ここまでの話だけでは俺にはその辺りのことは判断できない。だが俺一人なら、どのような状況でも見つからずに行動できる自信はある。敵の足を鈍らせる為の妨害も可能だろう。敵の行動を事前に察知し、王女を敵から遠ざけることもできるはずだ。おそらく、それなりに役には立てるだろう」


 多少遠慮した物言いだったが、その口ぶりからどうやら自信はあるように見える。

 どのような任務なのか、理解できていないわけでもないようだ。


「もう一つ気を付けて貰いたい事がある」


 そう言って話し始めたカールの表情はそれまでと比べて険しいものになっていた。


「王女を助けるために神聖帝国から人員を派遣したという事実は秘匿したい。万が一お前がアーデルラント領内で捕らえられたとしても助けることはできん。俺達はお前の事など何も知らぬというふうに振る舞うことになる」


 それを聞いても、真十郎は怒りや不満の感情を表すことはなかった。

 相変らず落ち着き払ったままの態度でその問いに答える。


「それはこういった仕事では当然のことだ。たとえ俺が捕らえられたとしても、無視してくれて構わない」


 エルヴィンは、カールの言葉に答える真十郎を驚きの眼差しで見つめていた。

 もし捕らえられた場合どのような目に合うか、この男は本当にわかっているのだろうか?


「もう一つ、もし捕まったとしてもこちらの情報は一切口外して欲しくないんだ。たとえ拷問を受けてもね」

「もちろん、それも理解している」


 彼は自身が捨て駒にされる可能性もある事を十分に理解しているように見えた。

 ここまでの話は学の無い人間には難しい話だった筈だ。

 商人などであればともかく、狩人などまともな教育すら受けていない者がほとんどだ。

 だが、この男はここまでの話を理解するのに苦労しているようには見えなかった。

 ただの狩人ではないのなら、一体何者なのか?

 あれほど推しているのだから、カールは何かを知っているのだろう。

 重要な任務を任せるかもしれない相手なのだ。

 あとで確認しておかなければならないだろう。









 任務の説明を終え、真十郎が退室した後の部屋で残った三人は話を続けていた。

 エルヴィンは先ほど見た狩人の素性について他の二人に幾つもの質問を投げ掛ける。


「彼は何者なんだい? 随分と物分りがいいと言うか……こういった仕事は始めてじゃないように見えた。ただの狩人とは思えない。その知識や考え方もそれなりの教育を受けた者のように見えるんだけど」

「この国の言葉や字を教えたのはアンナだが……故郷でもそれなりの教育を受けていたらしい」

「そうなんだね……君は随分と彼を信頼しているように見えるけど、捕まればどんな目に合うかわからないんだよ?」

「俺はその心配はしていない。万の軍勢の陣に忍び込み、誰にも気づかれること無く両手に余る数の指揮官を暗殺できる男だ。きっとうまくやるだろう」


 カールのその言葉を聞いて、エルヴィンは訝しみ眉を寄せる。

 一体何の話をしているのか、理解出来なかったのだ。

 そのすぐ横でガタリと音がした。

 音のした方向に目を向けると、ヘルマンが椅子から身を乗り出していた。

 彼は驚きに目を見開いている。


「カール? それはまさか草原の民の軍を追い払った暗殺者のことを言っているのか?」

「はい、父上」

「それが真十郎だと!?」

「はい。私はそう信じています」


 ヘルマンがさらに言葉を続けようとするところに、エルヴィンは割り込む。


「あー、ちょっと待ってもらえるかな? 草原の民の軍が突然撤退していったときの話をしてる?」

「そうだ」

「報告ではある朝突然、草原の民の軍の上位の指揮官が全員死んでたって話だったと思うんだけど、それで間違ってないよね」


 エルヴィンもまた、驚きで頭が混乱しかけていた。

 たった一晩で十人以上の指揮官が何者かに暗殺されたという事はエルヴィンも知っていた。

 そして、あの狩人がそれをやったと、カールはそう言っているのだ。


「それをやったのが、さっきまでここにいた彼だってこと?」

「証拠は無いがな。俺はそう信じている」

「本人はなんて言ってるの?」

「何も。否定も肯定もしなかった」


 カールの表情は真面目そのものだ。

 彼が何かの冗談を言っているようには見えなかった。


「カール、お前は一体何を知っているのだ?」

「これから話すのは全て私の憶測です。証拠はどこにもありません。それでもよろしければお話します」


 ヘルマンの問いにカールは笑みを浮かべながら答えた。


「もちろん、それで構わない。話してくれ」

「ああ、僕もぜひ聞かせて欲しいね」


 そしてカールは異国人の狩人について語り始めた。

 それを語る彼の表情は、まるで自分自身の手柄を語るかのように、どこか誇らしげなものに見えた。







「真十郎!」


 用事を終え、城の門から出ていこうとしていた真十郎はアンナに呼び止められて馬の足を止めた。

 声のした方角に目をやると、アンナがこちらに走ってくるのが見えた。

 真十郎は馬の背から降り、アンナに向き合う。

 アンナは真十郎の前で立ち止まり、しばらく胸を抑えて乱れた呼吸を整えていた。


「すまない。帰る前に君に声をかけようと思ったんだが、どこにいるかわからなかった」

「……べ、別にそんな事はいいの」


 ようやく呼吸が落ち着いたのだろう。

 アンナは、胸を抑えたまま真十郎に語りかけてきた。


「仕事って何を頼まれたの?」


 真十郎を見つめるアンナの顔には気遣うような表情が見受けられた。

 アンナの気持ちは嬉しかったが、カールたちとの約束を破るわけにはいかない。

 真十郎は静かに首を横に振った。


「悪いが話せない。カールに決して口外するなと言われてるんだ」

「私にも?」

「誰にも……と言われている。だから君にも話せない」

「そう……危険な仕事なの?」


 やはり、アンナは自分を気遣ってくれているのだろう。

 真十郎は少しだけ考えるように間を置いてから答えた。


「……ああ、安全な仕事とは言えないだろうな」

「やっぱり、そうなのね」


 アンナの表情が険しくなる。


「一つ約束して」


 真十郎の目をまっすぐに見つめて、強い口調で彼女は言った。


「必ず無事に帰ってくるって」

「もちろん、そのつもりだ」

「そう、じゃあ約束して」

「ああ、約束する。必ず戻ってくる」


 そう言って真十郎は微笑んでみせた。

 それを見て、アンナも嬉しそうに目を細めて笑った。


「明日からしばらく留守にする」

「そう、わかった」


 真十郎は再び馬にまたがり、門の外へと歩き出す。

 しばらく行って振り返ってみると、まだアンナは引き返さずにこちらを見送っていた。







「お兄様!」


 真十郎がいなくなってしばらく後、カールはエルヴィンと共に城の廊下を歩いているところを、アンナに呼び止められていた。


「お兄様、真十郎に頼んだ仕事とはどういうものなのですか?」


 そう尋ねるアンナの表情は少し険しいものに見えた。

 真十郎に依頼した任務が危険なものであることはアンナも察したのだろう。

 アンナの気持ちを考えれば、憤慨するのも仕方ない。

 だが、だからといって任務の内容をアンナに教えてやるわけにもいかない。


「悪いが話せん。今はな」


 その答えでは納得できないのだろう。

 アンナは詰め寄るように一歩踏み出し、言葉を続ける。


「危険な仕事なのでしょう?」

「確かに危険な仕事だが問題無い。あいつならきっとうまくやってくれるだろう。あいつはお前が思っているよりずっと強い。あいつを敵に回すことになる相手に憐れみすら覚える程にな。お前が心配する気持ちも勿論わかるが、俺は何も心配していない。あの男に任せておけば、何も問題ないと俺はそう思っている」


 アンナはそのカールの言葉に、不満げな表情を浮かべて俯いてしまう。

 カールが本当に問題無いと信じているのは伝わったのだろう。

 だとしても、想い人の身が危険に晒されるということに対する不安と不満を抑えることは出来ないようだ。


 そのやり取りを横で見ていたエルヴィンが突然声を上げた。


「ああ、もしかして……」


 そこまで言って、エルヴィンは言葉を止めた。

 彼が何を言おうとして止めたのか、カールにはわかっていた。

 年頃の娘が一人で男の家に出かけていき、今はその身を案じている。

 そこまで行けば、誰でも気づくだろう。

 特に妹の態度はわかりやすいのだ。


「茨の道だと思うけどねぇ……」


 そう呟くエルヴィンに視線を送り、カールは小さく苦笑してみせた。

 その笑みを見たエルヴィンが、少し驚いたような表情を浮かべる。


「驚いた。君は反対していないみたいだね?」

「そう見えるか?」

「そう見えるね」

「なら、そうなんだろう」


 そう言って、笑みを浮かべるカールに釣られるかのように、エルヴィンもその表情を緩ませた。


「へえ、面白いね」


 その二人の表情に気づいたのだろう。

 アンナが怪訝な表情を浮かべた。


「エルヴィン? なんの話をしてるの?」

「いや、なんでもないよ」


 戸惑ったような表情で尋ねるアンナに、エルヴィンはいたずら好きな子供のような笑みを浮かべながら答えた。

 そのエルヴィンの表情を見て、アンナの表情から伺える不機嫌度合いが増したように見えた。


「なんでニヤニヤ笑ってるの? なんだか無性に腹が立つんだけど。お兄様? なんの話をしていたのですか?」

「悪いが内緒だ」


 話せば、アンナはきっと喜ぶだろう。

 だが、まだそれを口にすることはできなかった。


「まあ、君のことを話してたんだけどね」

「余計なことを言うな」


 いらぬことを口にするエルヴィンに向かって、カールは顔をしかめてみせる。

 その言葉にアンナは驚きの表情を浮かべて、そしてすぐに眉を釣り上げた。


「何よ! あなた私より年下のくせに! そのバカにしたような表情、すごく頭にくるわ!」


 カールは苦笑しながら、エルヴィンに噛みつく妹をなだめるために二人の会話に割って入る。


「別にお前をバカにしたりはしていない。今はまだ話せないが、うまく行けばお前にも話すことになる。だからそれまで待っていてくれ」


 そのカールの言葉を聞いたアンナは驚き、動きを止める。


「えっと……わかりました、お兄様」


 そう言ってアンナは毒気を抜かれたかのようになり、その表情からも険しさが消えていた。

 だがそれも一瞬だった。

 すぐ横でニヤついているエルヴィンの顔を見て、その表情が再び不機嫌なものに変わる。


「あなたはそのニヤニヤ笑いをやめなさい! ホントに頭に来るから!」


 カールはアンナとエルヴィンが騒ぐのを見ながら、真十郎に依頼した任務のことを考えていた。

 皆の前では心配などいらないと豪語したし、実際にあの男なら大丈夫だと信じている。

 だが、だからといって何の心配もしていないわけでは無かった。


「頼んだぞ、真十郎」


 カールの漏らしたつぶやきは、騒ぎ続ける二人のせいで誰の耳にも届くことはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。