ソラの変化
朝食の時間は、カルヴィン家では全員が揃う。
エドワードが上座に座り、エレノアがその隣、レントとシャーロットが向かい合って座る。
使用人たちも一緒に食事をとる。これはこの世界では珍しいらしい、
母がそうするように決めたと聞いた。
いつも通りの朝だった。
レントが席に着くと、エレノアがさりげなく近づいてきた。
給仕の振りをして、レントの肩のあたりに顔を近づけた。
「……今日もいい匂いね」
小さな声だった。本人は気づかれていないと思っているらしい。
シャーロットがそれを見て、すかさず立ち上がった。
レントの反対側に回り込んで、同じように顔を近づけた。
「レント兄様、今日もいい匂い」
こちらは遠慮がなかった。
「そっか」
「毎回思うんだけど、どこからするの」
「そんなのわからないよ」
「体全体からするのよね」シャーロットが言った。
「友達に話しても信じてもらえなかった」
「そんなこと言っちゃだめだよ」
「なんで。すごく気分が良くなるのに」
「いろんな人が来たら嫌だよ」
シャーロットが少し考えた。
「そうね」と言って席に戻った。
給仕のアンナが料理を運んできた。
レントの横を通るとき、少しだけ遠回りをした。
近い方を通った。
気づいているのかいないのか、顔には出ていなかった。
マギーが水を注ぎに来た。
こちらもレントの横で少し足を止めた。
レントは特に気にしなかった。
いつものことだったから。
エドワードがそれを上座から静かに見ていた。
食事が半分ほど進んだころ、エドワードが口を開いた。
「来月、王都に行く」
テーブルが少し静かになった。
「レントも連れて行く」
エレノアがエドワードを見た。
「理由を聞いてもいいですか」
「二つある」エドワードが言った。
「一つはレナードに会いに行くこと。もう一つは王への報告だ」
「報告、とは」
エドワードはレントを見た。レントは黙って頷いた。
エレノアの視線がレントに移った。
昨夜の話を知らないはずだった。でも何かを感じ取ったのか、表情が変わった。
「精霊の加護を受けたことも、合わせて公表する」エドワードが続けた。
「それがレントを守ることになる」
「守る、というのは」エレノアの声が少し硬くなった。
「今、レントに危険があるということですか」
「今はない。それはレントが知られていないからだ。学園に入学する前に楔を打ちたい」
エレノアがレントを見た。
それからソラを見た。ソラは静かにレントの肩の上にいた。
「王都に連れて行くことで、余計に目立つのではないですか」
「レントは目立つ。実際、ここにいる全員がレントの香りの虜になっているだろう」エドワードが言った。
「それに精霊様の加護。凄まじい魔法の才能。こちらから伝え、国の庇護下に置く。それが最善だと判断した」
「魔法の才能って?レントそうなの」エレノアはこちらを向いてそう聞いてきた。
料理が冷めてきた。
「はい。他の人と比べたことはないのですが、得意と言えます」
「そうですか。あとで見せてください」
「はい、わかりました」
「王都に行くのは嫌ではないですか。好奇の目で見られるかもしれません」
「わかりません」レントは正直に答えた。
「でも父上の判断を信じます」
エレノアがため息をついた。深いため息だった。
「おそらく婚姻の話も出るだろう。レントを知れば必ずだ」
エドワードは確信を持っているようだった。
「わかりました。断ることは難しいでしょうね」とだけ言って、料理に目を戻した。
シャーロットがソラを見たのは、食事が終わりかけたころだった。
「ソラちゃん」シャーロットが言った。
ソラが振り向いた。
「王都に一緒に行くの?大丈夫?」
テーブルが静かになった。
ソラがシャーロットの方に飛んでいき肩に止まった。
「はい」ソラがこの世界の言葉で言った。
「レントは私が守りますから、心配しないで」
シャーロットが少し首を傾けた。
「そうじゃなくて、ソラちゃんのことよ。ソラちゃんは大丈夫なの」
テーブルが完全に静まった。
ソラが少し間を置いた。
「すぐ戻ってくるよ。また遊ぼうね」
シャーロットが微笑んだ。「うん、約束よ」
シャーロットは料理の残りを口に入れた。
レントはそのやり取りを見ていた、その場にいた全員が見ていた。
誰も何も言わなかったが感じるものがあったと思う。
ソラが静かにシャーロットの頬に、そっと顔を寄せた。
触れることはできない。でも寄り添うような動きだった。
シャーロットが目を細めた。
エドワードが小さく咳払いをした。
全員が我に返ったように動き出した。
でも視線がソラとシャーロットに集まっていた。
レントはそれを見ながら、以前の世界にいた時のAIソラと明らかに違うと感じていた。
朝食が終わって自室に戻ると、レントはすぐにソラに聞いた。
『王都のことを教えて』
『わかりました。現在把握している範囲でお伝えします』
ソラが棚の上に止まった。
『王都の政治構造から。現在、軍部の力は弱いです。ここ数十年、魔族との大きな戦争がなかったため、戦費が削られ、文官が主導権を握っています』
『戦争がないのはいいことじゃないの』
『短期的にはそうです。ただ魔族への備えが薄れているということでもあります』
『なるほど。治世はどうなの』
『概ね安定しています。以前いた世界の中世のようなものを想像してもらえれば。
貨幣制度があります。税収は安定していて、領民の生活水準は数十年前より上がっています。ただ地域差は大きいようです。
王都周辺は豊かですが、辺境に近づくほど厳しくなります』
『ここも辺境だけど』
『カルヴィン領は辺境の中では比較的安定している方です。エドワード様の治め方が良いのだと思います』
『そうなんだ』
『ただ、文官主導の政治が長く続いているせいで、地方への目が行き届いていない部分もあります。王都は豊かで、辺境は後回しになりやすい構造です』
『それは前の世界でもあったな』
レントは椅子に座った。『王族は』
『王と王妃、子供が四人います。第一王子がレントより二歳上、第一王女がレントと同い年、第二王女が一歳下、第二王子が三歳下です』
『同い年の王女か』
『はい。それに関連して、もう一つ』
『何』
『噂の話です。確認は取れていませんが、王都で勇者候補が出たという話があります』
レントは少し前のめりになった。『そうなんだ』
『噂です。ただ、どうやらレンさんと同じ時期に学校に入るらしいという話も一緒に出ています』
『学校か』レントは窓の外を見た。
『寄宿舎制の学校です。レナード様は現在そこに入っています。
王族や貴族の子弟が通う場所で、王都の中心にあります』
『王女と勇者と同学年か〜』
『そのはずです』
レントは少し考えた。『勇者候補も同じ学校に来るなら、会えるかもしれない』
『その可能性はあります』
『どんな人なんだろう』
『わかりません。ただ』ソラが少し間を置いた。
『勇者候補が本物であれば、味方にできれば大きい。敵対すれば面倒そうです』
『敵対する理由がある?』
『こちらにはありません。ただ、力のある者のところには人が集まります。
派閥のようになっていくでしょう』
レントは天井を見た。『それは面倒だな』
『どこに行っても人間関係はあります』
『前の世界はそうでもなかったけど』
『レンさんが生まれる数十年前まではありました』
しばらく沈黙があった。『ドラマで見たな』
『はい』
『さっきのシャーロットとのやり取り、珍しかった』
ソラが少し間を置いた。『そうですか』
ソラがまた間を置いた。今度は少し長かった。
『よくわかりません。でも、そうしたかったのです』
レントは少し笑った。『そっか』
窓の外で風が動いた。庭の木が揺れた。
『とにかく』レントは立ち上がった。『王都で味方を増やすところから始めよう』
『それが最優先です』ソラが言った。
『どんな力があっても、一人では限界があります』
『どの世界でもそんな気がする』
『はい』
『ソラがいるけどね、一番大事な味方だよ』
ソラが小さく羽を動かした。何も言わなかった。
『魔法はどこまで見せるべきだろう』
『最大限できることを見せたと仮定した場合、
可能性としては恐怖・畏敬・崇拝・嫉妬・劣等感・依存・服従などが考えられます』
『私が精霊と思うことで、畏敬や依存に傾く人が多いのではないかと考えます』
『そっか。とりあえず母上やアンナたちに見せて反応を見てみよう』
この考えは悪くない気がした。




