エドワードの憂鬱
その日の朝は霧が出ていた。
いつもの庭の隅、木の陰の場所。
『では続きから』
『うん』
レントは目を閉じた。
炎のイメージを作った。
大きさ、温度、広がり方。
以前より細かくイメージできるようになっていた。
目の前に炎が現れた。
手のひらより少し大きい。揺れていた。熱さがあった。
「もう少し大きく」
炎が広がった。人の背丈ほどになった。
「消して」
消えた。
『精度が上がっています』ソラが言った。
『うん、最初の頃とは全然違う』
『レンさんのイメージが具体的になったからです』
『ソラが上手いんだと思う』
『前世でのカップルの会話でありそうです』
次は炎の矢をイメージして地面に打ちつける。
次の瞬間、炎の矢が爆裂と共に地面を抉った。
地面を元に戻すイメージをする。
何もなかったように地面が戻り、辺りには静寂が広がった。
霧の中で鳥が鳴いた。
レントは次のイメージを作ろうとした。
「レント」急に呼ばれたのでビクッとした。
声がした先にはエドワードが立っていた。
訓練用の服を着て、剣を持って。
早朝の自主訓練だったのかもしれない。
どのくらい見られていたのかわからなかった。
「父上」
エドワードは何も言わなかった。
霧の中でレントを見ていた。
「あの、魔法の練習をしていました。ソラに教えてもらって」
エドワードの視線がソラに移った。
ソラが肩の上で小さく羽を動かした。
「いつからだ」
「一年ほど前から」
「見せてもらえるか」
レントはソラを見た。
ソラが小さく頷いた。
目を閉じた。
今度は水のイメージを作った。
庭の端から端まで届く壁。
水の壁が現れた。
朝の光が透けて、霧の中で光った。
しばらくしてエドワードが言った。「消せるか」
「はい」
消した。
エドワードはまた黙った。長い沈黙だった。
「精霊様に教わったのか、どれぐらい維持できる?」
「好きなだけ、いつまでも」
「凄まじいな」エドワードは剣を持ち直した。
「訓練に行ってきなさい」
「はい」
その夜、エドワードがレントの部屋に来た。
椅子に座って、しばらく何も言わなかった。
「レント、お前は自分が何をやっているかわかっているか」
「魔法の練習です」
「それだけか」
レントは少し考えた。
「歴史を知り、魔族に対応する力がないか考えていました」
エドワードが息を吐いた。
「今朝、私はお前に気づいてからずっと観察していた。自分の力を理解しているか」
「申し訳ありません、父上。わかりません」
「よい。責めているわけではない」エドワードが言った。
「お前のやっていることをできる人間はいない」
「できたとしても一瞬だ。レントのように何度も使えるものはいないだろう」
レントが黙った。
「わかるか。魔力はすぐに枯渇する。誰でも知っていることだ。だがお前は違う」
『レンさん、私の加護せいにしてください』ソラが言った。
レントは何も言わなかった。
「誰かに話したか」エドワードが聞いた。
「いいえ」
「まだ話すな」エドワードが立ち上がった。
「国に報告する。それはわかるな」
「はい」
「大きすぎる力は排除されるやもしれん」エドワードがレントを見た。
「私はお前を守らねばならん」
レントは少し考えた。「大げさではないですか」
「味方にしようとするもの。それが叶わぬなら排除しようとするもの」
エドワードが言った。
「お前が望む望まないに関わらず、人類の希望にならねば必ず排除されるだろう」
静かだったが、有無を言わせない声だった。
「はい」
エドワードが扉に向かった。扉の前で止まった。
「一つ教えてくれ。精霊様がいなくても使えるのか」
「はい、今のところは」思わず嘘をついた。
エドワードが頷いた。何かを考えている顔だった。
「そうか」とだけ言って、出て行った。
部屋に静けさが戻った。
『レンさん』
「うん」
『エドワード様は信頼できると思います』
「うん」レントは天井を見た。
「まだ知られたくなかった」
『準備ができていなくても、状況は動きます』
「そうだね」
ソラが窓の外を見た。霧はもう晴れていた。




