ハウエルの来訪
夜、部屋に戻るとソラが話を切り出した。
『魔族領の話、聞きませんか』
『うん、聞かせて』
ソラが話し始めた。
人口は人族より多い、頭のコブがなければ潜入もできるかもしれない。
街の規模も数も大きい。
文明の水準はこちらと同等。
統治形態は共和国に近い。
武器は弓と槍が中心。
剣は確認していない。
気球は確認できた、運搬に使っている。
戦争で使用するかは不明、これまでは使っていなかったようだ。
使用すれば高所からの攻撃が可能であろうと。
そして各国に神託を受ける存在がいる。
農業の開始の時期や次期君主など、すべてを神託に従う。
これまでの戦争も神託があったからだと歴史書に書いてあった。
数年前、準備をしろという神託があったらしく、今、武術が盛んになっていた。
『神託を出しているのは誰だろう』
『そこまではまだ、わかりません。ただ』
『ただ』
『神託がなければ、おそらく争わない人たちだと思います』
『どうして、そう思うの?』
『通貨がありません。皆ができることを提供し、助け合って生活しています』
『それは、僕がいた世界もそうだったけど』
『ええ、そうでした。戦争は起きていなかったです。
その世界をお互いの協力で実現しています』
神様らしきおばあさんが言っていたことを思い出した。
『人族に幸せを体験させるために作った。ただの平和な世界では、幸せはわからん。だから強力な魔族を作った。
絶望があるから、希望がわかる。魔族が強すぎて、
このままでは人族が滅びてしまう』
『魔族が一つの目的に向かって攻めてくれば、滅びることあるでしょう』
レントは天井を見た。
『そうか。ありがとう、ソラ』
『はい』
ソラが窓の外を見た。
静かだった。
翌朝、ルイーズと訓練した。
庭に出ると、空気がひんやりしていた。
「久しぶりの実家はどうですか」
ルイーズが聞いた。
「落ち着きます。ルイーズはどうですか」
「居心地がいいわ。みなさん、とてもよくしてくれて」
バフをかけてから、二人で木剣を構えた。
ルイーズが来た。
速い。けど捌いた。
受け流した。
カウンターを狙った。
ルイーズが躱した。
「受け流しが上手くなりましたね」
ルイーズが言った。
「ルイーズのおかげです」
しばらく続けた。
汗が出てきた。
木剣を下ろした頃、シャーロットが庭に出てきた。
「おはようございます。見てていいですか」
「もちろん」
シャーロットがルイーズを見た。
「ルイーズさんはすごく格好いいですね」
「ありがとう」
ルイーズが少し照れた顔をした。
昼過ぎ、ガイアたちのところに行った。
マッシュが笑顔で迎えてくれた。
「レント様、あらためてお帰りなさい」
「ただいま。マッシュ、結婚の話は進んでいますか」
マッシュの顔が赤くなった。「まあ、その、はい」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。院長も喜んでくれていまして」
オルテガが横で咳払いをした。
「私の話はしなくていいですよ」
「オルテガさんはアンナさんとどうですか」
「レント様、その話は後で」
ガイアが苦笑いをした。
しばらくして話が変わった。
「治癒魔法はどこまで進みましたか」
一番聞きたかったことだ。
「はい」ガイアが頷いた。
「私もそれを話したかったです」
「どこまでできますか」
「外傷はかなり速く治せます。切り傷、骨折、ある程度の火傷も。
病気は自己治癒力を高めることで、通常より大幅に早く回復できます」
「それが広まったら、世界はかなり変わりますね」
「はい」ガイアが言った。
「だからこそ、どうするか迷っています」
「才能にばらつきはありますか」
「あります。ただ、孤児院の子たちを見ていると、概ねできる子が多い。
才能というより、丁寧に教えれば大抵の人ができると思います」
『誰でもできるなら、開示すべきではないですか』
ソラが言った。
「誰にでもできるなら、開示してもいいかもしれませんね」
「私もそう思います」ガイアが言った。
「ただ、どこから始めるかが問題で」
「孤児院は良い場所ではないですか。子供たちの仕事としてもいい。先生としても治癒師としても」
「その通りです。ただ医師の仕事がなくなることと、
魔法の概念もすっかり変わるでしょう」
『レンさん、それは常に起こることです。混乱も起きるでしょうが、
数年で収まるでしょう』
そこに使用人が来た。
「ガイア様、お客様がいらしています」
「誰だろう。予定はなかったが」
「ハウエルと名乗っておられます。学園の先生だとか」
ガイアが首を傾げた。
僕も少し驚いた。
「通してください」
ハウエルが入ってきた。
僕を見て、意外だったようだ。
「カルヴィン様もいらしたのですか」
「ええ。実家ですから。先生はどうしてここに」
「実は、魔法についてもっと知りたくて。ガイア様に話を聞きに来ました」
ハウエルが少し躊躇した様子だった。
少し考えてからハウエルならいいかと思った。
「今、治癒魔法の話をしていました。聞きますか」
ハウエルが目を細めた。
「治癒魔法、ですか」
しばらく説明した。
ハウエルが黙って聞いていた。
「信じられません」ハウエルが言った。
「でも、カルヴィン様の魔法を見ていれば、ありえないとも言えない」
「私も最初は信じられませんでした」
ガイアが言った。
ハウエルが少し間を置いた。
「私も関わらせてもらえますか」
「先生が」
「魔法教師として、これを知らないままでいることはできません。それに」
ハウエルが言った。
「この知識が広まれば、多くの人が救われます。私も力になりたい」
ガイア・オルテガ・マッシュの3人が顔を見合わせた。
「歓迎します。シャーロットさんに教えるなかで、
女性の視点も欲しいと考えていました」
ガイアが言った。
ソラが小さく囁いた。
『先生は誠実な人です。力を求めるというより、理解したい人です』
「先生なら、きっと良い方向に使ってくれます」
ハウエルが少し驚いたようにこちらを見た。
「……カルヴィン様にそう言っていただけるとは。責任を持って学びます」
ガイアが言った。
「では、まずは基礎から一緒に確認しましょう。治癒魔法は力ではなく調律です。
魔力を押しつけるのではなく、相手の身体が持つ回復の流れを整えるのです」
ハウエルが真剣に頷いた。
「調律……なるほど。魔力操作とは別の概念なのですね」
『理解が早いですね』ソラが言った。
「先生なら、きっとすぐに上達しますよ」
「努力します」ハウエルが言った。
「……それにしても、カルヴィン様。学園での印象とは少し違いますね」
「そうですか」
「ええ。規格外の魔法使いという印象が強かったのですが、
ここでは皆にとても慕われている」
「レント様は、昔からそうですよ」ガイアが言った。
ハウエルが静かに息をついた。
「……この場所で学べることは、私にとって大きな意味があります。よろしくお願いします」
「こちらこそ」ガイアが頷いた。




