近くて遠い距離
出発の朝、馬車に荷物を積んだ。
レントが御者台に座った。
『ソラ、魔族領に行ってきてもらえる。カルヴィン領で合流しよう』
『わかりました』
ソラが消えた。
振り返るとレントが手を伸ばしていた。「乗って」
馬車に乗った。
扉が閉まった。
二人になった。
「ソラがいないのは久しぶりだな」
レントが言った。
「どこに行ったの?」
「魔族がいるところ」
少し思考が止まった。
「魔族領ってこと?」
「うん。これからどうなるにしても、知っておいた方がいいと思って」
馬車が動き出した。
最初の日は話が尽きなかった。
学園のこと、クラスメイトのこと、訓練のこと。
レントはよく笑った。
話しやすかった。
彼はいつも普通に接してくれる。
私は特別じゃない。
それが嬉しくもあり、不満でもある。
でも、いつもと少し違う感じがした。
気のせいかもしれない。
最初の宿に着いた。
「部屋は別々でいいですよね」レントが言った。
「ええ、当然でしょ」
「じゃあそうしましょう」
扉を閉めて、一人になった。
ほっとした。
本当に、ほっとした。
二日目、レントの戦い方について話した。
「受け流しをもっと使えると思う」
ルイーズが言った。
「あなたは受け止めようとしすぎる」
「そうですね。ヴィンセント戦でそれを痛感しました」
「魔法を組み合わせれば、受け流した後の反撃が速くなる」
「なるほど」
「私も魔法を覚えようかしら」
「覚えられますよ。ソラが教えてくれます。それに、カルヴィン領にガイアたちがいますから、ぜひやってみてください」
「何が使えそうかしら」
「ルイーズの動きなら、短距離の瞬間移動みたいなものが合うかもしれません。
あと、剣に少し風を纏わせるとか」
「想像するだけで面白いわ」
「一緒に考えましょう」
二人でいろいろ話した。
二年生でやること、卒業後の進路。
「何も決まっていません」
レントが言った。
「私も」ルイーズが言った。
「勇者と言われて、当然戦場に行くものだと思っていたけど、
戦争がなければただのお飾りね」
「それならそれでいいよ。何かしたいことあるの?戦争なんかない方がいいよ」
あなたと一緒にいたいと言いたかった。
「まだわからないわ」と言った。
三日目の夜、宿に着くと手違いがあった。
「一部屋しか空いていないそうです」レントが言った。
「しょうがないですね、一緒の部屋にしますか」
しょうがない。なに、その言葉。
「構いませんよ」と言った。
部屋に入った。
ベッドが二つあった。
緊張して動けなかったけど、レントは荷物を置いて、すぐ横になった。
しばらくして、寝息が聞こえてきた。
早い。
思わずため息が出た。
「なんなの」
なにに対してかわからないけど、小さく言った。
四日目の朝、レントが言った。
「一部屋の方が効率的ですよね。出発の確認もしやすいし」
「でも、若い男女だから、噂になったりとか」と言った。
なるべく普通の声で。
ドキドキしているのがバレないように。
「知ってる人もいませんから大丈夫ですよ」
レントは自信ありげにそう言った。
残り三日になった。
馬車の窓から外を見た。
景色が変わってきた。
緑が多い景色が心地よく感じる。
「ソラがいなくて寂しいですか」と聞いた。
「そうでもないです」レントが言った。
「ルイーズがいますから」
「それはどういう意味ですか」
「ルイーズと過ごすのは楽しいです」
「そう」
窓の外を見た。
レントを独り占めしているようで、少し罪悪感があった。
誰に対しての罪悪感だろう。
考えながら、考えても仕方ないと思った。
それでも思考が止まらなかった。
馬車の中でうとうとして、目を覚ますとレントが外を見ていた。
「もうすぐですか」
「明日には着くと思います」
もうすぐ終わる。
この旅が終わる。
このままどこかに行ってもいいなと思った。
このまま二人で、どこか遠い場所に。
誰も知らない場所に。
馬車が揺れた。
そんなことはできないと知っているけど、この妄想は楽しかった。
「ルイーズ」レントが言った。
「何」
「来てくれてありがとう。いろいろ案内させてね」
「ええ、楽しみ。でも、家族への挨拶が終わるまでは緊張するわね」
ほとんど馬車で過ごして気づいた。
レントは私の言うことを否定しないし、期待もしない。
思えば、勇者になってから期待されたり、こうするべきと言われてきた。
今、勇者でなくルイーズとして見てくれる人はレント以外で誰がいるのだろう。
窓の外で夕日が沈んでいくことが、旅の終わりを告げているように感じた。




