マチルダの願い
「もう一度、ヴィンセントを呼んでもらえますか。いつでもいいので」
朝練の前にレナードに言った。
「なぜだ」
「ルイーズと手合わしたいそうです、ヴィンセントが」
ルイーズが隣で頷いた。
レナードが少し考えた。
「わかった。自分より上を知るのは良いことだ。
あいつが理解するかはわからんがな」
次の日さっそくヴィンセントがいた。
ルイーズを見て、少し背筋を伸ばした。
「ヴィンセント・アーノルドだ。強いと聞いている。お前を倒せたら俺が勇者だな」
「はじめまして、ルイーズ・マルタンです。ええ、それで結構です」
二人が向かい合った。
ヴィンセントが突っ込む。
それなりに速い。上から、下から剣を振っている。
でもルイーズには届かない。
余裕を持って避けているように見える。
「確かに速いな。これはどうだ!」
ヴィンセントが踏み込んで剣を薙ぐ。
ルイーズが移動しながら流して、捌く。
ヴィンセントの動きが大きくなった。
力任せに見える。
ルイーズが大きく受け流すとヴィンセントの体が横に流れる。
ルイーズのバランスが崩れそうになったが、すぐに首に剣を当てる、寸止めした。
ヴィンセントがしまったという顔をして、体勢を立て直して構える。
「そこまで」レナードが言った。
ヴィンセントが息を整えた。
「スピードがまったく違うな」ヴィンセントが言った。
「この試合形式では勝てん」
「ええ、負ける気がしません」ルイーズが言った。
「ただ」ヴィンセントが続けた。
「実戦ではそうはいかんぞ。一発受ければ終わりじゃないからな」
ルイーズが少し黙って、木剣を下ろした。
「ありがとうございました」
ヴィンセントが少し目を細めた。
何か自信を持ったような顔だった。
「ルイーズどうでした?」
「さっき受け流した時、私のバランスが崩れました」ルイーズが言った。
「気づきましたか」
「うん。あいつ力すごいでしょ」
「そうですね。油断したら一気に押し込まれてしまいそうです」
「でも、負ける気がしないって言っていたよね」
「ふふ、少し言いたくなっちゃいました」
「おい、レント」レナードから呼ばれた。
「ちょっと付き合え。マチルダのところに行く」レナードが言った。
「ルイーズも来てくれ。精霊と勇者に興味があるらしい」
場所は学園の中にある小さな応接室だった。
扉を開けると、女性が一人座っていた。
綺麗な人だった。
レナードより少し年上に見えた。
「はじめまして」女性が立ち上がって言った。
「マチルダ・アーノルドです」
「カルヴィン・レントです」
マチルダが僕を見た。
それから僕に近づいてきて少し鼻を動かした。
近づいてきたマチルダさんから、いい匂いがした。
「レナードから聞いていたけど、本当にいい匂いがするのね」
心を読まれたかと思って、少しドキッとした。
「生まれつきです」
「そう」マチルダが笑った。
「羨ましいわ」
『レンさん、どうかしましたか』
マチルダがソラを見て、ルイーズを見た。
「精霊様、初めまして」
『はじめまして』ソラが言った。
「本当に喋るのね」マチルダが言った。
「素敵」
「ソラは言葉がわかります。言っていることは通訳します」レントが言った。
「ありがとう、じゃあ遠慮なく」
「ルイーズさん、会えて嬉しいわ」
そこからマチルダとルイーズの会話が始まった。
止まらなかった。
話すのが好きなのかもしれない。
よく喋った。
ルイーズも普段より喋っていた。
「ねえ、精霊様はなぜレントくんと一緒にいるの?」
『ソラでいいです。レントさんのやりたいことを手伝うためです』
「ソラと呼んでくださいと、僕のやりたいことを手伝ってくれます」
「そう、それはいいわね。レントくんは何がしたいの?」
「今のところは魔族が攻めてきた時、僕の大切な人たちを守れたらと思っています」
マチルダが少し真剣な顔になった。
「わかるわ。私も騎士団長の娘として何かしたいのだけど、前線では役に立てないし」
「気にするな」レナードが言った。
「それぞれの役割がある」
『レンさん、治癒魔法を教えるのはどうでしょう』
『レナードさんと家族になるのであれば問題ないと思います。
戦場で大いに役に立ちます』
『それは兄さんに相談しないと』
「ソラはなんて?」マチルダさんが聞いてきた。
「いえ、たいしたことではないです」
「それより兄さん、少しいいですか」
レントがレナードを外に促した。
二人で廊下に出た。
ソラが言ったことを伝えた。
レナードが少し考えた。
「そうだな、聞いておく。だが、このまま話してもかまわんぞ。
マチルダは信頼できる」
「今日はルイーズもいるので、兄さんから話しといてください」
「そうか」
部屋に戻った。
「なんだったの」ルイーズが聞いた。
「アメリアとルイーズ、どっちがいいかレントに聞かれた」
ルイーズが固まった。
「わ、私はその、あの」ルイーズが言った。
「戦うことしかできませんから」
マチルダがルイーズを見た。
それからレントを見た。
それからレナードを見て言った。
「レナードさん、その冗談は面白くないですよ」
レナードが少し咳払いをした。
「ルイーズ、兄さんがごめん」
「え、ええ、そうよね。わかっているわ。私は大丈夫」
ソラが小さく羽を動かした。
何も言わなかった。




