春が来る前に
レナードが学園に戻る朝、庭に馬車が来た。
「学園に来たら毎日やるぞ」レナードがレントに言った。
「相手いないんですか?」
「お前にも紹介してやる」レナードが少し考えた。
「大丈夫とは思うが、さぼるなよ」
「わかっています。レナード兄さんありがとう」
「シャーロット」レナードが妹を見た。
「兄の言うことを聞け」
「レント兄様の?」シャーロットが言った。
「俺のことだ」
「レナード兄様はいないじゃない」
レナードが何か言いかけたけどやめたみたいだ。
そのまま馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出した。シャーロットが手を振った。ソラも羽を広げた。
レントは馬車が見えなくなるまで見ていた。
あと数ヶ月で自分も王都に向かう。
その頃、孤児院の方が動いていた。
マッシュが自分から言い出したのは、ガイアたちが来て一ヶ月ほど経ったころだった。
「私が定期的に行きたいと思います」
「なぜですか」
「子供は風邪を引くことが多いです」マッシュが言った。
「練習になります。それに」少し間を置いた。
「院長はお綺麗な方でした」
「あまり羽目を外さないでくださいよ」
マッシュが院長と話をして、週に一度通うことになった。
院長から聞いた話では、マッシュは診察の際に小さな紙包みを渡しているらしかった。
砂糖と小麦粉を混ぜたものだと後で聞いた。
失礼はないですか?と聞いたが、とても良くしてくれますと言っていた。
マッシュは奥手のようだ。
「紙包の意味はあるんですか」レントが聞いた。
「薬をもらったという安心感が、体の回復を助けることがあります」
マッシュが言った。
「薬ではないので効くかどうかはわかりませんが、気持ちの問題は無視できません」
「でも実際に治癒魔法も使っているんですよね」
「はい。孤児たちには診察してから薬をもらうと思っています。薬で治ったという記憶になっているはずです」
レントはソラを見た。
『賢いやり方です』ソラが言った。
「なるほど」
マッシュが続けた。
「それに、治癒だけでなく、自然治癒力にバフをかけることで体が自分で治る力を高める試みもしています。こちらの効果も出ているようです」
「両方使っているんですか」
「はい。どちらが効いているのかまだわかりません。でも一度診た子供たちは病気そのものになりにくい気がしています」
研究室では、ガイアが書き続けていた。
「少し見てもらえますか」ガイアがレントを呼んだ。
机の上に紙が並んでいた。手順が書いてあった。
「魔力を枯渇させる。空っぽになった状態で意識を内側に向ける。引き寄せるのではなく、戻ってくるのを待つ感覚」
「わかりやすいですね」
「これで誰でもできるかどうかは、まだわかりません」
ガイアが言った。
「しかし、魔法を使うのと同じでイメージさえできれば大丈夫でしょう。慣れてくれば枯渇させる必要もありません」
「それは大きな進展ですね」
「マッシュとオルテガも確認してくれました。わかってしまえば単純ですが、空間に魔力があるとは思ってもいなかったので」
「ありがとうございます」
「レント様、これを広めるかどうかはあなたが決めてください。我々ではなく」
レントは紙を見た。
「まだ少し待ってください」
「はい。急ぎません」
シャーロットの方は、思ったより早かった。
最初の一週間はガイアたちが理論を教えていた。
シャーロットはただ聞いて頷いていた。
二週目に入って、シャーロットが研究室から出てきた。
「レント兄さん、できそう」
レントがソラを見た。
「試してみてください」ソラが優しく言った。
シャーロットが目を閉じた。手に光が灯った。
小さかった。でも確かに光だった。
「できた」シャーロットが言った。
目を開けた。「できたわ」
ガイアが後ろから出てきた。
「才能があるのでしょう」
「ずいぶん早くないですか」レントが言った。
「はい。感覚を掴むのが上手い」
シャーロットがソラを見た。「ソラちゃん、見てた?」
「はい」ソラが言った。
「おめでとうございます」
シャーロットがまた赤くなった。
夜、レントはソラと話した。
『みんな順調だね。ただ僕は魔力の回復はできないみたいだ』
『レンさんも私と同じでこの世界の理と外れているのかもしれません。
匂いのこともそうでしょうから』
『そうかもね。あまり気にしないほうがいいかな』
『はい』
『シャーロットのことはどう思う?』
『シャーロット様の才能は本物だと思います。それが後になって目立ちすぎないか、少し気になります』
レントは天井を見た。
引っかかりが戻ってきた。
『ソラ』
『はい』
『シャーロットに魔法を教えたこと、正しかったと思う?』
ソラが少し間を置いた。
『正しいかどうかはまだわかりません。ただ、シャーロット様が望んだことは本当です』
レントは目を閉じた。
春になったら王都に行く。
シャーロットはここに残る。
何かが気になった。ただ何かはまだわからなかった。




