研究者たちの日常
レナードとの訓練は毎朝続いた。
バフをかけてから始める。終わると二人とも汗だくだった。
「今日は左が良かった」レナードが言った。
「そうですか」
「つまり右の方が甘い」
レントは右手を見た。
「明日も来い」
「はい」
それだけだった。でもそれで十分だった。
研究室の方は、別の意味で忙しかった。
魔力の回復ができるようになってから、三人がそれぞれ動き始めていた。
ガイアは机に向かって書き続けていた。
「誰でも使えるようにしたい」ガイアが言った。
「理論を整理して、手順を作れば広まるはずです」
「難しいですか」
「難しいです」ガイアが言った。
「感覚を言語化するのは。でも、やらないといけない」
ガイアの手元には紙が積み上がっていた。
オルテガの方は違う方向に動いていた。
ある日、研究室に入るとオルテガが自分の左手をじっと見ていた。
手には小刀があった。
「何をしているんですか」
「欠損した部位も治癒できるのではないかと思いまして」オルテガが言った。
「そうかもしれませんね」
「試してみたい衝動があります」
「やめてください」
「しかし、できるはずです。私は確かめたい」
レントはソラを見た。
『止めてください』ソラが日本語で言った。
「オルテガ、やめてください」
「できるはずなんです」オルテガが小刀を置いた。
「私には勇気がない。誰かの怪我を望んでしまう」
「あまり考えすぎずにできることをしましょう」
オルテガが頷いた。
納得したのかどうかはわからなかった。
マッシュはまた別の方向を向いていた。
数日前から顔色が悪かった。
「大丈夫ですか」
「はい」マッシュが言った。
「少し体調が悪くて」
「風邪ですか」
「悪化させようと試しています」
レントは少し間を置いた。
「なぜそんなことを?」
「病気も治癒できるのではないかと思いまして。そのため最悪の状態まで持っていこうかと」
「そんなことできるのですか?」
「栄養を摂らずに裸で寝ています」マッシュが言った。
「三日目です」
レントはマッシュを見た。マッシュが少し咳をした。
「やめてください」
「でも」
「それが治せなかったらどうするんですか。危ないです」
「それはそうですが....」
「まず治癒の理論を整理してからにしてください」
マッシュが頷いた。
「理論はあります。自然治癒力にバフをかけるのです」
「今、それをやってみてください」
「この程度の不調はすでに試しました。効果は出ていたので大丈夫かと思います」
レントはため息をついた。
「結果が出ているなら病気の領民を探しますから、とりあえず治してください」
夜、ソラと話した。
『三人とも方向は正しいと思います』
『そうかもしれないけど、ちょっとやりすぎだよ』
『診療所をつくればいいかもしれませんが、効果があった場合、医師の仕事を奪います』
『そうだね』レントは天井を見た。
『このまま領民に試すのは難しいと思う』
『そうですね』ソラが言った。
『効果が出た場合の影響も考えないといけません。』
『欠損のある人を見つけても同じ問題がある』
『はい』
しばらく黙っていた。
『エドワード様とアメリア様に相談してはどうでしょうか』ソラが言った。
『何かいいアイデアをくれるかもしれないね』
『それと提案があるのですが』
ソラが少し間を置いた。
『シャーロット様に治癒魔法を使えるようにしていただきたいのですが』
レントは黙って考えた。『それはどうして?』
『賢い方ですから使えるようになるでしょう。来年私はレンさんと学園に行きます。何かあった時の保険にしたいのです』
レントはソラを見た。
これまでソラの提案に間違いはなかったと思う。
でも何か引っかかった。
シャーロットが研究に関わることで、何かに巻き込まれる気がした。
政治の話が頭をよぎった。王都での父の言葉が戻ってきた。
ただうまく言葉にならなかった。
『ソラ、少し考えさせて』
『はい』
レントはまた天井を見た。
ソラを信頼していた。だから否定はしない。でも何か引っかかる。
明日、シャーロットに聞いてみよう。




