思考に置いていかれる身体
夜、父の部屋を訪ねた。
「魔導士三人をカルヴィン領に招きたいと思います」
「わかった」エドワードが言った。「根回しはしておく。結果はわからん」
「ありがとうございます。」
「明日は挨拶周りをしてくる。レントは不要だ。明後日に出発する」
「わかりました」
部屋に戻りながらソラに言った。
『明日、一日空く』
『訓練所に行きますか』
『そのつもり』
翌朝、訓練所に顔を出すと昨日の武官たちが何人かいた。
「来たか」昨日の男が言った。「遅かったな」
「ありがとうございます。一つお願いしたいことがあって」
「何だ」
「バフの魔法を覚えたので、皆さんに試させてもらえますか。
どこまで効果があるか確かめたいんです」
男が周りを見回した。「希望者だけでいいか」
「はい。もちろん」
手が上がった。全員だった。
レントは一人ずつやった。
光が当たるたびに、受けた者の顔が変わった。
「おお」「力が」「体が軽いぞ」
最後に自分にもやった。
ソラが少し間を置いた。『レンさん自身にやるのは初めてですね』
『うん、どんな感じか知りたかった』
光が自分の体に当たった。
体が軽くなった。
思ったより軽くなった。視界が少し広がった気がした。
周りの動きが、少しゆっくり見えた。
『どうですか』
『自分で言うのもあれだけど、これすごい。目もよくなった感じがする』
『動体視力の向上だと思います。思考速度も上がっているはずです』
「これは、すごい」「剣が軽い、巨大剣も使えそうだ」「周りが明るく見える」
「レント様。これはどのくらい続きますか」男が聞いてきた。
「一般的には数時間だと聞いています。どのくらいで切れるか僕も知りたいです。
今日は訓練を続けてもらえますか」
「喜んで」
レントも訓練に混じって体を動かした。
いつもより体も軽いし、短い時間でいろいろ考えれる気がした。
組み手が始まり、レントは見学していた。
ほとんど父と兄しか知らないので、知らない人の動きを見るのは新鮮で楽しかった。
しばらくして、一人の兵士が近づいてきた。
若い男だった。レントより少し年上に見えた。
「手合わせをお願いできますか」と言った。
「もちろんです。僕でいいんですか」
「ハワードです。レナード君にコテンパンにやられまして」
ハワードが少し苦い顔をした。「あのレナードの攻撃を捌いたと聞いて、
興味があるんだ」
「捌いたというより、なんとか凌ぐ程度ですよ」
「それでも」ハワードが言った。「ぜひ」
嫌な感じは全くなかった。
兄と訓練しなくなってからずいぶん経っていた。
兄が辺境を出てからは一人でやっていた。
対人戦は久しぶりだ。
ただ不安はなかった。訓練は続けていたし、それに今はバフが効いている。
バフは相手も同じだけど。
木剣を構えた。
ハワードが踏み込んできた。
速い。思ったより速かった。
体が反応した。辛うじて捌いた。
バフで視界は広い。動きは見える。でも体がついてこない。
思考と体の間に、わずかなズレがあった。
二撃目が来た。横から。
見えた。受け流して、そのまま攻撃にした。
木剣がハワードの肩をかすめた。
「一本」誰かが言った。
ハワードが少し目を細めた。本気になったのかもしれない。
三撃目、四撃目が続いた。フェイントを混ぜてきた。
見える。でも体が迷う。どこに動けばいいか、思考が答えを出す前に次が来る。
押されていた。
じわじわと後退した。
壁際まで来た。もう下がれない。
ハワードが大きく踏み込んできた。
その瞬間、見えた。
踏み込みが大きい分、次の動きが読めた。
体を横にずらした。ハワードの木剣が空を切った。
カウンターを狙う、脇腹に当たった。
ハワードが止まった。
「今のは」ハワードが言った。「効いたよ」
二人とも息を整えた。
思考と体のズレが少しずつ埋まってきた。
ハワードの癖がわかってきた。
踏み込む前に右肩が下がる。
フェイントの前に視線が泳ぐ。
一進一退になった。レントが押せばハワードが凌ぎ、
ハワードが攻めればレントが捌く。
互いにフェイントを入れながらの攻防が続いた。
しばらくしてハワードが木剣を下ろした。「いや、さすがだ」
「終始、押されてました」
「あのカウンターは読めなかった」ハワードが言った。
「壁際まで追い詰められて一か八かでした」
「いや」男が言った。「君はすごいよ」
レントはそれには答えず「ハワードさん、ありがとうございました」
周りで見ていた武官たちが何か話していた。
「学園に入ったら上位10人には入るだろう」
「剣だけでそうなんだから魔法も合わせたら」
「化け物じゃないか」
「まだ十一だぞ」
ハワードが近づいてきた。「レナード君に勝てる日が来るかもしれませんね」
「兄には当分無理です」
「そうですか。私は勝つつもりですよ」ハワードが笑った。
「また手合わせしてください」
「はい、ぜひ」
訓練が終わったぐらいで、バフの効果が切れた。
じわじわと、体が戻っていく感覚があった。
視界が少し狭くなった。
疲労感がドッと襲ってきた。
三時間ほどだった。
『レンさん』ソラが言った。
『うん』
『バフは強力です。ただし』
『わかってる。使いどころを選ばないといけない。倦怠感がすごい』
『はい』
レントは木剣を壁に戻した。
訓練所に残っていた武官が一人、声をかけてきた。
「ぜひ、また来てくれ」
「バフをかけた訓練は最高だった」
「ありがとうございました」
「それにしても、汗をかいてもいい匂いなんだな。うらやましいぞ」
ハワードが会話に入ってきた。
「そうなんだよ、対戦中も気を抜くと匂いに誘われるからな」
外は陽が落ち始めていた。




