王都の花はよく動く
王都が見えたのは、十三日目の昼過ぎだった。
丘の上から見下ろすと、石造りの建物が広がっていた。
中心に城がある。城壁が街を囲んでいた。
「大きいですね」
「王都だからな。無駄に大きい」エドワードが言った。
馬車が城門をくぐった。石畳の音が変わった。
街に入ると人が多かった。馬車が進むたびに人が避けた。
避けた人が、振り返っていた。
男も女も、老いも若きも。
馬車を見て、少し足を止めていた。
『レンさん』ソラが日本語で言った。『街の人が振り返っています』
『辺境ではあまり気づかなかったけど、人が多いとわかりやすいね』
『カルヴィン領では家族と使用人だけでしたから。それに領民の皆さんはもう知っていますから』
『王都では知られていないということか』
『そういうことです』
エドワードが何も言わずに前を向いていた。その背中に緊張が見えた。
辺境カルヴィン家は王都に屋敷を持っていない。
「無駄だ」とエドワードは言っていた。
「滅多に来ない場所に屋敷を維持する費用があれば、民に使える」
だから隣領のハーウィン伯爵家の屋敷を借りることになった。
謁見は翌日。今日一日は街で過ごすことになった。
まず身支度から。
旅の汚れを落として、謁見に耐える服を整える必要があった。
屋敷に荷物を置いて、エドワードは先に動いた。
「服の仕立て屋に行く。レントも来い」
仕立て屋は城の近くにある店だった。
扉を開けると、白髪の職人が奥から出てきた。
エドワードの顔を見て頷いた。「カルヴィン様、お久しぶりで」
「息子の服を頼みたい。明日の謁見に使う」
職人の顔が変わった。「明日、ですか」
「明日だ」
「それは……」職人が頭を掻いた。「一晩ですか」
「一晩だ」
職人がレントを見た。
そこで少し動きが止まった。
目が細くなった。それから何か決めたような顔になった。
「わかりました。やります」
「いくらかかる」
「通常の三倍いただきます」
「構わん」
職人が素早く採寸を始めた。
弟子らしき若者二人が奥から出てきて、生地を広げ始めた。
採寸しながら職人がレントの顔を何度か見た。
「どうかしましたか」レントが聞いた。
「いえ」と職人が言った。「いい仕事をしようと思いまして」
採寸が終わると職人が言った。
「朝一番にお届けします。お任せください」
「頼む」エドワードが金貨を出した。
職人が受け取って、また奥を見た。それから戻ってきた。
「もう少しいただいてもよろしいですか」
「なぜだ」
「最高の生地を使いたいので」
エドワードが少し間を置いた。「頼んだぞ」
次は旅の服のクリーニングだった。
受け付けの女性が服を受け取りながらレントを見た。
「明日の朝までに」という注文に、一瞬眉を上げたが「承りました」と言った。
料金を聞くと通常より高かった。
「急ぎ料です」と言われた。
支払いをしている間、女性がもう一度レントを見た。
「旅でお疲れでしょう、ゆっくりお休みください」と言った。
「お屋敷にお持ちいたします。ご本人様に直接お渡ししたいのですが」
「別に構いませんが、必要ですか」
「間違いがあってはいけませんので」
「では早朝にお願いできますか」
「承りました。ありがとうございます」
エドワードが屋敷に戻ったので、レントはそのまま街で買い物に出た。
シャーロットへのお土産を探すためだった。
土産物屋に入ると、店主の老人が立ち上がった。
「いらっしゃい、何かお探しで」
「十歳の妹へのお土産を」
「それならこれがいい」と老人が棚から三つ取り出した。
「これもいい。こっちもいい」
結局七つ並んだ。
「全部はちょっと」
「そうですな、ではこれとこれと……」
また三つになった。
老人が包んでいる間、店の奥から女性が出てきた。
老人の妻らしかった。レントを見て「まあ」と言った。
「お茶でもどうぞ」
「いえ、結構です」
「遠慮なさらず」
お茶が出てきた。
屋敷に戻ったのは夕方だった。
エドワードがレントの顔を見て「街の様子はどうだった」と聞いた。
「街の人がよく話しかけてくれました」
「そうか」
「露骨ではないんですが、なぜか皆さんが好意的でした」
「わかっている。お前のことを知らなくても、そうなるだろう」
エドワードが言った。
それ以上は何も言わなかった。
「明日の謁見に備えて早く寝ろ」
「はい」
部屋に戻ってソラに聞いた。
『今日一日で何人に話しかけられたと思う』
『十七人です』
『数えてたの』
『はい』
『ダンが一番大変そうだったね。僕のことを聞かれていたよ』
振り返ると、ダンは廊下で壁に背中をつけて目を閉じていた。
疲れているのか、眠っているのかわからなかった。
翌朝、城から使者が来た。
礼儀正しい若い男だった。「本日、陛下がご謁見を賜ります」と言った。
言い終わってからレントを見た。少し固まった。
「よろしくお願いします」レントが言った。
「は、はい」使者が言った。目がまだレントを見ていた。
使者が帰ってからエドワードが言った。「準備しろ」
朝一番に届いた服は、想像より良かった。
紺色の生地に銀の刺繍が入っていた。職人の仕事だった。
城の中は広かった。
廊下を歩くたびに、すれ違う兵士や文官が振り返った。
エドワードが前を歩いていた。
慣れた足取りだった。
レントの肩にソラはいない。
今日は見えない状態でいてもらうことにしていた。
謁見の間は広い部屋だった。
正面に玉座がある。そこに王が座っていた。王妃はその隣にいた。
王の左右に人が並んでいた。文官と武官が交互に立っているようだった。
そしてその端に、二人の姫がいた。
第一王女と第二王女。年齢からしておそらくそうだ。
エドワードが膝をついた。
レントも倣った。
「カルヴィン辺境伯、よく参った」王が言った。「面を上げよ」
顔を上げた。王がエドワードを見ていた。それからレントを見た。
「これが精霊の加護を受けた者か」
「はい、愚息のレントにございます」
「近うよれ」
レントが前に出た。謁見の間が静かになった。
その静けさの中で、レントは気づいた。
右端に立っていた第一王女が、鼻をひくひくさせていた。
ごく微妙に。ほとんど気づかない程度に。でも確かに。
隣の第二王女が第一王女の袖を引いた。
第一王女が第二王女を見た。
どちらの王女もこちらを興味深そうに見てきた。
二人とも耳が少し赤かった。
「精霊の加護を受けたと聞いたが、精霊はどこにおる」王が部屋を見回した。
レントは小声で言った。「ソラ」
レントの肩に、青い鳥が現れた。
謁見の間がざわついた。
王が目を細めた。王妃が少し前に身を乗り出した。
第一王女がまた鼻をひくひくさせていた。
第二王女がまた袖を引いた。
今度は第一王女が第二王女の手を払った。
払われた第二王女が正面を向いた。耳が赤かった。
王が咳払いをした。「よい、精霊よ。その者を守っておるか」
ソラが少し間を置いた。『生まれながらの王様みたいです』
『本当にそうだね。自分より上がいないみたい』
「はい、守っていると申しております」
謁見の間がまたざわついた。
王が頷いた。視線がソラからレントに移った。
ゆっくりと、品定めするように。
「では、その力を見せてもらおうか」
レントは正面を向いたまま、横目で第一王女を見た。
まだ鼻をひくひくさせていた。面白いなこの人。




