王都へ出発
「二週間か」
レントは地図を広げて言った。
書斎の机に置いた地図は古かった。
端が少し破れていた。
『地図が正確だとして、王都まで約二百五十キロです』ソラが言った。
『馬車の平均速度と休憩時間を計算すると、十二日から十五日ほどかかります』
『思ったより遠いね』
『王都は遠いものです』
『前の世界だったら二時間ぐらいのに』
『比べても仕方ありません』
『そうだけど、飛ぶ魔法もそのうち練習しよう』
エドワードはすでに王に連絡を入れていた。
その返事を待たずに出発すると決めた。三日後だった。
出発の二日前、家族会議が開かれた。
書斎にエドワード、エレノア、レント、ソラが集まった。
シャーロットも来たがったが、エドワードが首を振った。
今回はいない、ぐずっていたのでソラが慰めていた。
「何を見せて、何を見せないか決める」エドワードが言った。
「治癒は隠そうと思います」レントが言った。
「それは絶対だ」
「瞬間移動も隠した方がいいと思います」
エドワードが頷いた。「理由は」
「どのような反応が出るかわかりません。反発が出ないようにしたいです」
エドワードがエレノアを見た。エレノアが頷いた。
「では何を見せるのか考えましたか」エレノアが言った。
レントはソラを見た。ソラが少し間を置いた。
『空気を圧縮して飛ばすものがいいと思います』
『弱くイメージすれば軽く当たる程度、強ければ大木を貫通する威力にもなります。調整が効く点が使いやすい』
「ソラは空気を圧縮して飛ばす魔法がいいのではと言っています」
レントはこの世界の言葉で言った。
「強さを調整できます。見せる相手によって変えれます」
「ふむ、なるほど」エドワードが腕を組んだ。
「その魔法の名前は」
レントは少し考えた。「まだないです」
レントはソラを見た。
『空気を圧縮して放つ、という性質から考えると』ソラが日本語で言った。
「空気を使うので、風を連想させるような名前がいいかと。
エア・ウィンド、考えています」
「ブラスト」エレノアが言った。
全員がエレノアを見た。
「ブラストはどう。強い風を放つ、という感じがするわ」
エドワードが少し考えた。「悪くない」
「エアブラスト」レントは言ってみた。「エアブラスト」
もう一度言った。悪くない気がした。
『名前なんかどうでも良い気がしますが』ソラが言った。
「エアブラストにします」
エドワードが頷いた。「出発までに見せる練習しておけ」
「はい、後で見てもらえますか」
「ああ、そうしてくれ」
翌日の早朝から、レントは庭でエアブラストの練習をした。
エドワードとエレノアが並んで見ていた。
「弱い方から見せます」指でピストルを撃つ仕草を見せる。
『レンさん、その仕草要りますか』
空気の圧力を、ろうそくが消える程度にイメージした。エドワードの前に放った。
エドワードの髪が少し揺れた。
「これが一番弱いです」
「風が来た程度だな」
「はい。強くします」
今度は庭の端に置いた木の板を見た。空気を圧縮するイメージ。
板が吹き飛んだ。庭の壁にぶつかって砕けた。
エレノアが小さく声を上げた。
「これが中程度です。大木を貫通させることもできます」
エドワードがしばらく黙っていた。「充分だ」とだけ言った。
「目で確認できないのは脅威ね」エレノアが言った。
「はい、迂闊には近づけないかと思います」レントが聞いた。
エレノアが少し考えた。
「見えない弓、どのくらいの強さは当たるまでわからない」
「恐ろしい魔法だな。勇者を超える力になるだろう。
多くの人間はそう考えるだろう」
「レントは私の予想と違った形で有名になりそうね」
エレノアがレントを抱きしめた。
「絶対こっちだと思ったのに」くんくんレントの匂いを嗅いでる。
昔はよくされたが、最近のエレノアとしては珍しかった。
出発の前日、シャーロットがソラを探しに来た。
「ソラちゃん、明日から行っちゃうのね」
ソラがシャーロットの肩に止まった。
「すぐ戻ります」
「どのくらい」
「わかりません。でも戻ります」
シャーロットが少し俯いた。「ソラちゃん、何か変わった気がする」
「そうですか」
「前はレント兄様だけだった。今は、違う」
ソラが少し間を置いた。「そうかもしれません」
「何が変わったの」
「わかりません」ソラが言った。
「でも、シャーロット様のことは大切に思っています」
「私も」シャーロットが顔を上げた。「また遊ぼうね」
「はい」
シャーロットがソラの頬に顔を近づけた。
触れることはできない。
でもしばらくそのままでいた。
ソラも動かなかった。
翌朝、馬車が屋敷の前に用意されていた。
エレノアとシャーロットが見送りに出ていた。
シャーロットがレントに抱きついた。「レント兄様、今日もいい匂い」
「また言ってる」
「だって本当のことだもの」シャーロットが離れた。「気をつけてね」
「うん」
エレノアがレントの頭に手を置いた。何も言わなかった。それで十分な気がした。
馬車が動き出した。
最初の一日は問題なかった。
二日目の昼過ぎから、お尻が痛くなってきた。
馬車の座席は木でできていた。
布が敷いてあったが、薄かった。
道が揺れるたびに衝撃が来た。
2時間が限界だった。
『ソラ』
『はい』
『身体を浮かせたい、イメージするから』
少し間があった。
『試してみます』
レントの体が、座席から少し浮いた。
衝撃がなくなった。
「これだ」
エドワードがレントを見た。「何をやっている」
「お尻が痛くて」
エドワードが少し黙った。「そうか」
「はい」エドワードも少し浮いた。
二人で馬車の座席から浮きながら、王都に向かっていた。
御者のダンが前で馬を操っていた。揺れるたびに体が跳ねていた。
レントはそれを見た。
何もできないのは心苦しかった。
でも誰にでも魔法を使うわけにはいかなかった。
今はまだ。
「父上、魔族は侵攻してくるのでしょうか」
「うむ、必ずくると言われておる。今までがそうであったからな」
「話は通じないのですか?」
「何やら言語は話すらしいが、理解ができん」
「どのくらい強いのでしょうか」
「私も実際には闘ったことはないからわからんが、強い個体は勇者に匹敵するという話だ。
これまでも戦略でなんとかしてきたという話だ。魔法を使う個体もあるらしい」
「そうですか。勇者候補が現れたと言う噂を聞いたのですが」
「その噂は私の耳にも入っておる。しかし、女性だと落胆が広がっているという話だ」
「なぜでしょう。女性だと何か問題があるのですか」
「身体能力の問題だ。実際、男の方が平均的に身体能力は高いだろう、特に力などは。そこからくるイメージであろう」
「では、女性の方が力などが弱いイメージがあるので、あまり期待されていないと?」
「そう言うことだ。実際の実力はわからんがな。
ただ勇者候補と言われるぐらいであれば相当であろう」
「そうですか。いずれ戦場に行くことを思えば仲良くしたいです」
「....治癒が使えることが広まれば後方支援に周るだろう。お前が決めることではあるが、それも考えておいてくれ」
「もし戦争となればレナードは前線に行くかもしれぬ。そうならないよう私が出ては行くが、戦線が広がればそうも言ってはおれん」
エドワードはそう言って何かを考えているように見えた。
『レンさん、魔族が言語を使うと言うことは、私は覚えることができそうです』
『どうやって?』
『しばらく魔族領で過ごすことができればですが』
『いずれはそうしたいね。戦わないで済めばそれでいいから』
『それでは神様の思惑と外れるかもしれません。
悲しみ、苦しみがあるから喜び、幸せがあるようなことを言ってました』
『そんなの知らないよ。儂の勘は当たるって言っていたから、僕の好きにさせてもらうよ』
『はい、そうですね』




