第91話:沈黙の支配
開かれた扉の先、広がるのは「沈黙」という名のひれ伏し。
アイリスが纏うアメジストの輝きが、王都のすべての虚飾を塗りつぶしていきます。
扉が開かれた瞬間、王宮の大広間を埋め尽くしていた数千の私語が、鋭い刃で断ち切られたように消失した。
魔法という奇跡が存在しないこの地において、今、そこに起きたのは「純然たる美」による暴力的な沈黙だった。
私が一歩、踏み出す。
アメジストのベルベットに縫い込まれた無数の水晶片が、天井の燭台が放つ光をすべて吸い込み、銀糸の刺繍と共鳴して、私の周囲にだけ異質な銀色の帳を降ろしている。
(……ああ。誰も、息をしていないわ)
私が纏うのは、かつて泥の中に捨てられたあの日の「絶望」を、リュカ様と共に「誇り」へと鍛え直した鎧。
隣を歩くリュカ様は、漆黒の軍礼装を纏い、左手の包帯を隠すように私の腰を強く抱き寄せている。彼の放つ圧倒的な武威と独占欲が、私の気高さと溶け合い、広間にいるすべての貴族を、物理的な重圧となって跪かせていた。
「……あり得ない。あんな刺繍、この国の誰も見たことがない……」
「アイリス・ランチェスター……。あれが、本当にあの追放された令嬢なのか?」
掠れた呟きさえもが、不敬な雑音に聞こえるほどの静寂。
正面の玉座から見下ろす国王陛下でさえ、その威厳を忘れたかのように身を乗り出し、私という「美学の怪物」を凝視している。
エドワード様は、私のあまりの変貌に呼吸を忘れ、幽霊でも見るかのように立ち尽くしている。
セレーナは、自らの桃色のドレスの裾を、指先が白くなるほど強く握りしめ、屈辱と恐怖に顔を歪ませていた。
「アイリス、顔を上げろ。……この沈黙こそが、奴らが敗北を認めた証だ」
リュカ様の低い声が、耳元で熱く響く。
私たちは止まらない。
魔法なき世界の頂点、その玉座の前へと、一針一針に込めた執念を響かせながら、堂々と進んでいく。
今、この王宮を支配しているのは王室の権威ではない。
私とリュカ様、二人の愛が紡ぎ上げた「真実の色彩」だった。
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入場しただけで会場を支配してしまったアイリス……まさに美学の暴力ですね。
リュカ様の独占欲溢れるエスコートが、彼女の気高さをさらに際立たせています。
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次話、エドワードの身勝手な懇願。第92話「王子の悔恨と辺境伯の盾」へ。




