第88話:偽りの華やかさ
贅を尽くしたセレーナの「桃色のドレス」。
しかし、アイリスが放つ真実の輝きの前では、それはただの空虚な飾り物でしかありませんでした。
大広間の中心、ひと際高いシャンデリアの下で、セレーナは取り巻きの令嬢たちに囲まれていた。
彼女が今夜のために用意したのは、王都で最も高名な仕立て屋に作らせた、何層ものレースと無数の小真珠を散りばめた桃色のドレスだ。魔法の存在しないこの世界において、これほどの手間と金をかけた衣装は、権力の象徴そのものに見えた。
「まあ、セレーナ様! 今夜の貴女は、まるで春の女神のようですわ」
取り巻きたちの追従に、セレーナは満足げに細い顎を上げた。しかし、その瞳は常に扉の方を向き、獲物を待つ毒蛇のような鋭さを隠しきれていない。彼女の周囲に漂うのは、過剰に振り撒かれた香水の匂い。それは、内側から溢れ出す焦燥を無理やり覆い隠しているかのようだった。
そこへ、静寂の波がこちらへ向かって押し寄せてくる。
「……来たわね。不貞の汚れを、辺境の布で隠した哀れな女が」
セレーナが嘲笑を浮かべて振り返った瞬間、その表情が凍りついた。
現れたのは、夜の闇をそのまま切り取ったような深いアメジスト色のアイリス。
セレーナのドレスが「着せられている」派手な看板だとしたら、アイリスのドレスは、彼女の肌の一部として「呼吸している」芸術品だった。
アイリスが一歩踏み出すたび、銀糸の刺繍が光を捉えて明滅し、セレーナの安っぽい真珠の輝きを、ただの白い石の塊へと貶めていく。
「お久しぶり、セレーナ。……相変わらず、重そうな荷物を背負っていらっしゃること」
アイリスが静かに、けれど広間全体に届くような透徹した声で告げた。
魔法なき世界での美学とは、調和だ。過剰な装飾に埋もれ、首筋を強張らせているセレーナに対し、アイリスはリュカの腕に寄り添い、極上のリラックスと共にそこに立っていた。
「なっ……、何を生意気な! 貴女こそ、そんな禍々しい色を纏って……! 王宮の清廉な空気が汚れますわ!」
セレーナが叫ぶが、周囲の視線はすでに彼女の桃色のドレスを「うるさいだけの虚飾」として切り捨てていた。
本物の気品を前にして、セレーナが必死に築き上げた華やかさは、あまりに脆く、偽物としての正体を露呈し始めていた。
第88話をお読みいただきありがとうございます。
「重そうな荷物」……アイリスの痛烈な一言が、セレーナの虚飾を刺しますね。
魔法がないからこそ、本人の気質と服の「調和」がすべてを決める残酷な世界です。
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次話、いよいよ王宮の最上段へ。第89話「王宮の階段にて」へ進みます。




