第87話:社交界のざわめき
王宮を包む、驚愕と称賛の嵐。
泥の中から蘇ったアイリスの美しさが、王都の偏見を力ずくで塗り替えていきます。
王宮の巨大な石造りの車寄せに、ヴォルテール家の猛禽を戴く馬車が止まった。
扉が開かれる前から、辺りには波紋のようなざわめきが広がっている。魔法など存在しないこの世界で、沈黙を破るのは人々の剥き出しの好奇心と、恐怖に近い期待感だった。
「……辺境伯リュカ・ヴォルテール殿、および――」
案内人の声が、続く名前を呼ぶのを一瞬ためらった。だが、リュカ様が先に馬車から降り立ち、その漆黒の軍礼装を翻して私に手を差し伸べた瞬間、ためらいは驚愕の絶叫へと変わった。
「……アイリス・ランチェスター嬢、入城されます」
私がリュカ様の手に指を重ね、ゆっくりと地面に降り立った。
その瞬間、大気に火がついたかのような衝撃が走った。
「まさか……本当にアイリス様なのか!?」
「あのアメジストの輝きを見ろ。……追放された時とは別人のようだ」
「見て、あの刺繍。王都の職人には逆立ちしても真似できない。……あれこそが真の気高さというものか」
かつて私を泥に沈めた貴族たちが、今は私から目を逸らすことさえできずに立ち尽くしている。
私が纏うベルベットは夜の闇よりも深く、リュカ様が結んでくれたアイスブルーのリボンが、風に揺れて彼の独占欲を誇示するように輝いていた。
「……案ずるな。奴らの視線は、もはやお前を汚す刃ではない。ひれ伏すための捧げ物だ」
リュカ様が低く、熱い声を耳元で響かせる。
彼は私の腰を抱き寄せ、周囲の喧騒を一切無視して、王宮の長い階段を登り始めた。
彼が纏う猛禽の刺繍と、私の茨の意匠が重なり合い、一つの強固な「力」となって貴族社会を圧倒していく。
視界の端で、招待客の中にいたセレーナが、顔を屈辱に歪めて扇を握りつぶすのが見えた。
ざわめきは止まない。
私たちが一歩進むたび、王都が積み上げてきた虚飾の歴史が、音を立てて崩れ去るのを感じていた。
第87話をお読みいただきありがとうございます。
ついに大衆の前に姿を現した二人。アイリスの「アメジストのドレス」が、王都の流行を過去のものにしました。
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次話、会場で待ち受けるセレーナ。第88話「偽りの華やかさ」へ。




