第86話:心を繋ぐリボン
出発の刹那、リュカがアイリスに贈ったのは「自らの色」のリボン。
髪に結ばれたその青い絹は、誰の手も寄せ付けない鉄壁の独占の証となります。
王宮の門が目前に迫る馬車の中で、リュカ様が不意に懐から一本の細い絹のリボンを取り出した。
それは、彼の瞳と同じアイスブルーの色を湛え、ヴォルテール家の誇りである猛禽の紋章が銀糸で密かに織り込まれたものだった。
「アイリス、こちらへ向け」
リュカ様は私の背後に回り、大きな掌で私の銀灰色の髪を優しく、けれど逃れようのない手つきで掬い上げた。
魔法が使えないこの地において、男性が女性の髪に触れ、自分の色を纏わせることは、公衆の面前で「この女は俺のものだ」と宣戦布告することに等しい。
「……リュカ様。それは、貴方の家の色……」
「そうだ。今夜、お前を狙う有象無象の視線から、お前を繋ぎ止めておくための鎖だ。……お前のその美しい髪が揺れるたび、俺の色が王都の奴らに知らしめるだろう。お前が誰の魂を縫い止めているかを」
リュカ様は、髪を一房まとめると、そのリボンを丁寧に、かつ解けないほど強く結び上げた。
彼の手のひらから伝わる熱と、左手の包帯が首筋に触れる微かな摩擦。
かつてエドワード様は、私に王家の紋章が入った重苦しい宝飾品を押し付けた。それはただの「管理番号」のような冷たさだった。
けれど、リュカ様が結んだこのリボンは、私の心臓まで繋がっているかのように熱く、甘い。
「……できましたわ。鏡を見ずとも、貴方の色が私を支えてくれているのが分かります」
「ああ。お前がその髪を翻すたび、俺の独占欲が奴らを跪かせる。……アイリス、一瞬たりとも俺から離れるな」
彼はリボンの結び目に、誓うような深い口づけを落とした。
アイスブルーとアメジスト。
二つの色が重なり合い、私たちはついに、王宮の石畳へとその第一歩を刻む。
心をつなぐリボン。それは、これから始まる激戦の中で、私をアイリスという一人の女として繋ぎ止めてくれる、最強の愛の呪縛だった。
第86話をお読みいただきありがとうございます。
髪にリボンを結ぶという、無骨なリュカ様の見せた繊細な独占欲……愛の重さが最高です。
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次話、馬車が王宮に到着し、街中の噂が最高潮に達する第87話「社交界のざわめき」へ。




