第85話:反撃のシナリオ
罠を「輝き」に変える、逆転の秘策。
アイリスの技術とリュカの計略が重なり、セレーナへの無慈悲なシナリオが完成します。
王宮の灯火が見える位置まで、馬車は迫っていた。
リュカ様は、握りつぶした報告書を窓の外へ放り捨てると、私を強く引き寄せ、耳元でその低く甘い声を響かせた。
「奴が買収したのは三人の給仕だ。入場と同時、二階の回廊からワインをぶちまける手はずになっている。……魔法のないこの国で、一度染まった絹は死を意味すると、あの毒婦は信じているようだが」
リュカ様が不敵な笑みを浮かべる。彼の手には、私が工房で見たあの銀細工が握られていた。
「アイリス、お前がドレスに仕込んだ『水晶片』と『空隙刺繍』。あれは光を反射するだけではない。水をも弾くように、お前は北方の蜜蝋を糸に染み込ませたはずだ」
「……ええ。雪深い地でドレスを守るための、古くからの針子の知恵ですわ」
私は、自分が無意識に施していた「生活の知恵」が、最強の防護服となっていたことに気づく。北方の厳しい冬に耐えるため、撥水加工を施した糸で刺した刺繍。それは、王都の甘い毒など寄せ付けない「盾」そのもの。
「シナリオを書き換えるぞ。奴らが液体を放った瞬間、俺がこの銀の飾緒を投擲し、回廊の燭台を叩き落とす。……闇の中、お前のドレスだけが水晶の反射で銀色に輝き、浴びせられたワインはただの霧となって、お前の周囲に幻想的な帳を作るだろう」
リュカ様の発想は、あまりにも大胆で、そして残酷なまでに美しかった。
セレーナが「汚辱」として用意したものを、彼は「演出」として利用しようとしている。
「お前はただ、何が起きても歩みを止めるな。俺の腕に縋り、最高に傲慢な笑みを浮かべていろ。……セレーナが絶望の中で、自分の放った矢が自分に刺さる音を聞くために」
魔法なき世界の、知略と執着。
私は、リュカ様の包帯の巻かれた左手に自らの手を重ね、深く頷いた。
私たちは今、ただの復讐者ではない。
王宮という舞台を支配する、真の「主役」として、その幕を開けようとしていた。
第85話をお読みいただきありがとうございます。
北方の針子の知恵「蜜蝋の撥水糸」……魔法がなくても、工夫次第で無敵になれる展開、熱いですね!
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次話、出発の朝。リュカがアイリスに贈る「独占の証」。第86話「心を繋ぐリボン」へ。




