第84話:忍び寄る影の正体
セレーナが用意した、ドレスを汚すための「卑劣な罠」。
しかし、その影を捉えたリュカとアイリスは、絶望を「最高の舞台装置」へと変えるべく動き出します。
王宮へと続く石畳を、馬車の車輪が規則正しく叩いている。
窓の外を流れる王都の夜景は、これから始まる「処刑」を予感させるように、どこか不気味な静寂に包まれていた。
「……旦那様、密偵より最終報告が入りました」
並走する馬上の騎士が、窓越しにリュカ様へ小さな紙片を差し出した。
それを受け取ったリュカ様は、目を通した瞬間に顔を氷のように冷たく硬直させ、その紙を指先で握りつぶした。
「リュカ様……? 何が書かれていたのですか」
「……卑劣極まりない。セレーナは、お前のドレスをただ壊すだけでは満足しなかったようだ」
リュカ様が低く、地を這うような声で告げた内容は、かつての親友とは思えぬほど醜悪なものだった。
セレーナは王宮の給仕たちを数名買収し、アイリスが入場する瞬間に「わざと」赤ワイン、あるいは色落ちしない特殊な染料を頭上から浴びせかける準備をさせていた。
魔法という奇跡が存在しないこの地において、汚されたドレスを瞬時に直す術はない。最高級のアメジストのベルベットが、一瞬で「汚物」に変わり、衆人環視の中でアイリスが再び泥に塗れる姿を、彼女は渇望しているのだ。
「彼女は、私の誇りを、あの日と同じように踏みにじりたいのですね……」
私の指先が、怒りと恐怖で小さく震える。
セレーナの狙いは、私が自分自身の力で築き上げた「自信」そのものを、再び物理的な汚辱で破壊すること。
「……案ずるな、アイリス。影の正体が分かれば、もはやそれは脅威ではない」
リュカ様は私の震える手をとり、その手の甲に深く、独占欲を滲ませた口づけを落とした。
彼のアイスブルーの瞳には、すでにセレーナを「死者」として見なすような、冷徹なまでの計略が宿っている。
「奴が用意したのが『汚れた液体』なら、俺たちはそれを利用して、奴らの腐った夜会にふさわしい『血の雨』を降らせてやろう。……アイリス、お前の一針一針が、泥に負けることなど万に一つもない」
魔法なき世界の、残酷な知恵比べ。
私たちは暗闇の中、忍び寄る影を逆に獲物とするため、最後にして最大の反撃の策を共有した。
第84話をお読みいただきありがとうございます。
赤ワインを浴びせかけるという、リアルで陰湿な嫌がらせ……セレーナの底の浅さが伺えます。
「リュカ様、その罠をどう逆手に取るの!?」「アイリスの逆襲が楽しみ」と思ってくださった方は、
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次話、アイリスとリュカによる「反撃のシナリオ」が、王宮の門前で密かに練られます。




