第83話:月光の誓い
決戦の地へ向かう前の、最後の一刻。
月光を浴びながら、二人は互いの存在が「唯一の真実」であることを、魂に刻み込みます。
出発まで、あと数刻。
別邸のバルコニーに差し込む月光は、研ぎ澄まされた刃のように冷たく、それでいてどこか慈悲深い色を湛えていた。
私は、正装を整えたリュカ様の隣に立ち、夜の闇に沈む王都の街並みを見つめていた。
「……あの日、雨の中で貴方に拾われた時。私は、月を見る余裕さえありませんでしたわ」
ふと漏らした独り言に、リュカ様が無言で私の肩を抱き寄せた。
漆黒の正装が私の肌に触れ、そこから伝わる彼の鼓動が、私の震えを鎮めてくれる。魔法のないこの世界で、未来を約束する唯一の手段は、こうして重なり合う体温だけだ。
「アイリス。あの日、お前を見つけたのは運命ではない。俺が、お前という真実を選び取ったのだ」
リュカ様が私に向き直り、アイスブルーの瞳で真っ直ぐに射抜いてきた。
彼は革手袋を嵌めた左手――あの傷がある方の手を、私の頬にそっと添える。手袋越しでも、傷口が発する熱が、彼の愛の重さとして伝わってきた。
「今夜、お前はすべてを取り戻す。だが、もし世界が再びお前を拒むというのなら……俺は王都を捨て、お前と共に北方の果てまで逃げよう。お前さえいれば、俺には他に何も必要ない」
独占欲に満ちた、あまりにも切実な言葉。
私は彼の手の上に自分の手を重ね、月光の下で微笑んだ。
「いいえ、リュカ様。逃げたりはいたしません。私は貴方の誇りとして、貴方の隣で、あの方たちを跪かせてみせますわ」
私は、彼の胸元の「猛禽」の刺繍に指を這わせた。
一針一針に込めた想い。それは、彼の魂を守るための私の魔法。
「誓いますわ、リュカ様。たとえ何が起きようとも、私は貴方の傍を離れません。……私の魂を縫い止めているのは、貴方の熱だけですもの」
リュカ様は呻くような声を漏らし、私を壊れ物を扱うように、けれど逃れられぬ強さで抱きしめた。
重なる吐息。誓いの口づけ。
月光の下で交わされたのは、神への祈りではなく、一人の男と一人の女の、剥き出しの「生」の契約だった。
私たちは夜の静寂を切り裂くように、力強い足取りで馬車へと向かった。
第83話をお読みいただきありがとうございます。
「俺が真実を選び取った」……リュカ様の力強い愛に、アイリスの覚悟も揺るぎないものになりました。
魔法がないからこそ、こうして肌で確かめ合う誓いが、何よりも確かな力となります。
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次話、王宮に忍び寄る「影」の正体。セレーナの最後の悪あがきが判明します。




