第82話:騎士の正装
アイリスの愛を纏った、北方の騎士。
リュカの正装姿は、王都の虚飾を焼き尽くすほどの圧倒的な威厳を放ちます。
アイリスが仕立てた「猛禽」の刺繍が、リュカの広い胸元で今にも羽ばたかんばかりの躍動感を見せていた。
漆黒の軍礼装。金銀の派手な飾りを排し、代わりに極細の銀糸と、アイリスが執念で刺し抜いた「黒い影」の刺繍が、灯火の下で鈍く、そして恐ろしいほどに気高く光っている。
「……リュカ様、本当によくお似合いですわ」
私は震える指で、彼の襟元を整えた。
魔法が使えないこの地において、これほどまでに威圧的で、それでいて美しい正装は他にない。リュカ様が纏うその服そのものが、ヴォルテール家の武力と、アイリスという唯一無二の針子を抱えているという誇りを体現していた。
「お前が俺をこのように仕立てたのだ、アイリス。……この服を纏っていると、全身に力が漲るようだ。まるでお前の指先が、俺の肌を常に励ましているような、な」
リュカ様は自らの胸の刺繍を愛おしむようになぞると、そのまま私の手をとり、手の甲に深く、誓うような口づけを落とした。
左手の包帯は、正装用の黒革の手袋の下に隠されている。けれど、その傷の熱は、手袋越しでもはっきりと私に伝わってきた。
「王都の奴らは、金で買った飾りをぶら下げて悦に浸っている。……だが俺は、愛する女の魂を纏って戦場へ行く。負けるはずがないだろう?」
リュカ様のアイスブルーの瞳は、これまでにないほど澄み渡り、同時に私を誰にも渡さないという激しい独占欲に燃えていた。
鏡の前で並び立つ、漆黒の騎士とアメジストの淑女。
魔法の加護などなくても、私たちが纏うこの「正装」には、死すら分かち合うという覚悟が織り込まれている。
「行きましょう、旦那様。……貴方の隣が、私の戦場ですわ」
「ああ。お前の一針一針が、俺に無敵の力を与えてくれる。……誰一人、俺たちの前を遮らせはしない」
リュカ様は私の腰を抱き寄せ、冷徹な騎士の顔で、王宮という名の魔窟を見据えた。
騎士の正装。それは、二人の愛が物理的な形となって完成した、最強の反撃の旗印だった。
第82話をお読みいただきありがとうございます。
アイリスの刺繍を「魂を纏う」と表現するリュカ様……愛の重さが最高です。
魔法のない世界だからこそ、服一着に込められた想いが、二人の最強の武器になります。
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次話、出発前夜。月明かりの下で交わされる永遠の誓い。




