第78話:セレーナの最後通牒
リュカを盾に、アイリスに「退場」を迫るセレーナ。
しかし、その脅迫はかえって、二人の揺るぎない絆を証明することとなります。
決戦を翌日に控えた夕刻。別邸の静寂を切り裂くように、一通の赤い封筒が届けられた。
蝋で封じられたその手紙から漂うのは、鼻を突くほど強烈な桃色の香水の匂い。セレーナからの、剥き出しの宣戦布告だった。
「……何が書かれている、アイリス」
リュカ様が背後から私の手元を覗き込む。私は震える指先で、その毒々しい内容をなぞった。
『愛愛しいアイリス。今夜の夜会に来るつもりなら、一つだけ教えて差し上げるわ。貴女が辺境伯に縋って手に入れたその「平穏」は、私が一言「真実」を口にすれば崩壊するの。貴女が王室の宝を盗み、辺境伯と通じて国を売ろうとした……その偽の証言と、買収した証人たちの準備は整っているわ。もしリュカ様を破滅させたくないのなら、今すぐ王都を去りなさい』
魔法という奇跡が存在しないこの世界において、嘘は時に剣よりも鋭く人の命を奪う。セレーナは私の命ではなく、私のためにすべてを賭けてくれたリュカ様の「地位」と「名誉」を人質に取ったのだ。
「……卑劣な。私一人の問題ならまだしも、リュカ様まで……」
悔しさに唇を噛む私の肩を、リュカ様の逞しい腕が強く、痛いほどに抱き寄せた。
彼のアイスブルーの瞳は、激しい怒りに燃えている。包帯の巻かれた左手が、私の手からその脅迫状を奪い取り、握りつぶした。
「リュカ様、私は……。貴方を、私の身勝手な復讐に巻き込みたくはありません。もし、貴方が破滅するくらいなら……」
「黙れ、アイリス」
リュカ様の低い声が、私の言葉を遮った。
彼は私の顎を持ち上げ、逃げ場のない至近距離で私を射抜いた。
「俺を誰だと思っている。あのような小娘の世迷言に揺らぐほど、ヴォルテール家の名は安くない。……お前はまだ、俺を『守られるだけの盾』だと思っているのか?」
独占欲。そして、怒り。
彼は私を安心させるように、けれど決して逃さないという執着を込めて囁いた。
「奴が俺を破滅させようとするなら、その前に俺が奴らの腐った常識ごと、王都を焼き尽くしてやる。……アイリス、お前はただ、俺の隣で最高に美しく笑っていればいい」
魔法なき世界の冷たい風が窓を叩く。
セレーナ、貴女は間違っているわ。私のために血を流したこの男が、貴女程度の毒で倒れるはずがないことを、私が一番よく知っている。
第78話をお読みいただきありがとうございます。
セレーナの姑息な手段……。
でも、リュカ様には全く通用しませんでしたね。「俺を誰だと思っている」というセリフに痺れます。
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次話、リュカ様の圧倒的な包容力がアイリスの不安を溶かします。




