第76話:闇を裂く銀糸
極細の銀糸に込めた、アイリスの魂とリュカへの誓い。
魔法なき世界で、一着の服が光と闇を支配し始めます。
別邸の工房に、蝋燭の火が微かに揺れている。
私は、リュカ様が用意してくれた極細の「純銀糸」を針に通した。これは通常の金銀糸とは異なり、不純物を極限まで排した北方の至宝。魔法の光など及ばない、月の雫を固めたような冷たい輝きを放っている。
「……これが、私にできる最後の武装ですわ」
私はアメジストのベルベットの胸元に、一針、また一針と銀糸を沈めていく。
刺しているのは、北方ヴォルテール家の象徴である猛禽の羽と、それを包み込むような茨の蔦。だが、ただの刺繍ではない。糸の重なりを変え、あえて隙間を作ることで、見る角度によって絵柄が消えたり、あるいは烈火のように輝いたりする「空隙刺繍」――。
魔法が使えないこの地において、これこそが王都の腐った審美眼を物理的に焼き尽くす、唯一の「奇跡」だった。
「アイリス……。その一針に、どれほどの命を注ぎ込むつもりだ」
背後で見守っていたリュカ様が、私の手首をそっと掴んだ。
彼の左手の包帯が私の肌に触れ、その微かな熱が、疲弊した私の意識を繋ぎ止める。彼のアイスブルーの瞳は、布の上で蠢く銀糸の輝きに、畏怖すら感じさせる独占欲を宿していた。
「このドレスを纏ったお前を、俺は本当に夜会へ連れて行けるのか。……王都のすべての光がお前に収束し、男たちの視線がお前を蹂躙する。それを思うだけで、俺の胸は嫉妬で裂けそうだ」
「リュカ様……。この銀糸は、貴方の瞳の色を模したもの。……私がこれを纏うのは、貴方の隣で、貴方の光だけを反射するためですわ」
私が微笑むと、リュカ様は苦しげに顔を歪め、私の指先にそっと唇を寄せた。
針仕事で疲れ果てた指先。そこから伝わる愛の熱。
深夜の工房。最後の一針を引き抜いた瞬間、銀糸が月光を捕らえ、闇を裂くような閃光を放った。
完成した。
これはもはやドレスではない。
私とリュカ様の執念が結晶となった、王都を跪かせるための「真実の鎧」だった。
第76話をお読みいただきありがとうございます。
光を操る「空隙刺繍」……アイリスの技術が神の領域に達しましたね。
リュカ様の独占欲と、完成したドレスの神々しさが交差する一夜でした。
「ドレスの輝きが目に浮かぶ!」「リュカ様の重い愛が今日も最高」と思ってくださった方は、
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次話、鏡を見ずとも己の美を知る、二人の魂の対話。




