第75話:王都に響く不協和音
アイリスの美しさが、エドワードとセレーナの偽りの愛を切り裂いていきます。
焦燥と後悔。歪な関係の終わりが、さらなる悲劇を呼び寄せようとしていました。
王宮の片隅、セレーナに与えられた豪奢な私室には、耳を刺すような陶器の砕ける音が響き渡っていた。
魔法という奇跡が存在しないこの世界において、感情の爆発を鎮めるのは、ただ何かを壊すという無様な物理的暴力だけだ。
「……アイリス、アイリス、アイリス! なぜどいつもこいつも、あの女の名前ばかり!」
セレーナは鏡台に置かれた香水の瓶を払い落とし、鏡に映る自分の顔を憎々しげに睨みつけた。
彼女が纏っているのは、王都の最新流行を詰め込んだはずのドレス。だが、あの日目撃したアイリスのアメジストの輝きに比べれば、それはただの古びた布切れにしか見えない。
そこへ、苛立ちを隠そうともしないエドワード様が姿を現した。
「……セレーナ、いい加減にしろ。君のその金切り声には、もう辟易している」
「エドワード様! 貴方だって、あの日からずっと上の空ではありませんか。あの不貞を働いた女が、あんなに美しく……」
「黙れ!」
エドワード様の怒声が、室内を凍りつかせた。
彼はセレーナを愛おしそうに見つめていたかつての瞳を失い、今はただ、失った「真の気高さ」への後悔に身を焼かれている。
「……あの日、アイリスを雨の中に捨てたのは、君の言葉を信じたからだ。だが、今の彼女を見れば分かる。あのような気品を持つ者が、卑しい不貞など働くはずがない。……私は、取り返しのつかない過ちを犯したのではないか?」
「エドワード様……っ! 今更何を……!」
セレーナの顔から血の気が引いていく。
魔法のないこの国で、王子の寵愛を失うことは、足元の床が崩落するのと同じこと。
エドワード様は彼女を一瞥もせず、窓の外を見つめながら、独り言のように呟いた。
「……今夜の夜会で、もう一度彼女と話さねば。例え辺境伯の首を撥ねてでも……」
王都に響くのは、かつての平穏が壊れゆく不協和音。
追い詰められた毒蛇は、もはや手段を選ばない。
セレーナの瞳には、アイリスとリュカのすべてを道連れにしてでも焼き尽くそうとする、真っ黒な狂気が宿っていた。
第75話をお読みいただきありがとうございます。
エドワード王子の手のひら返し、まさに因果応報ですね。
しかし、正気を失ったセレーナが何を仕掛けてくるか……。
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次話、アイリスのドレスに「真の最高傑作」となる銀糸の細工が施されます。




