第74話:秘密の工房
別邸の中に設えられた、二人だけの秘密の工房。
アイリスは針を、リュカは銀を。
それぞれの執念が、最終決戦のための「武器」へと姿を変えていきます。
市場から戻った私を「檻」に閉じ込めるようにして、リュカ様は別邸の最奥にある一室を私に与えた。
そこは、外部の光を最小限に絞り、重厚な絨毯が足音さえも吸い込む「秘密の工房」。
魔法という奇跡が存在しないこの地において、真実の武器を作り上げるには、こうした誰にも邪魔されない孤独な時間が必要だった。
「アイリス、そこを動くなと言ったはずだ」
私が針箱へ手を伸ばそうとするだけで、近くの長椅子で剣を磨いていたリュカ様の鋭い視線が飛んでくる。
彼は私の作業を監視するという名目で、この工房に自身の居場所を作っていた。
私は、バートから受け取った「真実の欠片」――捏造された手紙の筆跡を思い出しながら、ドレスの裾に新たな意匠を刻んでいた。
それは、セレーナが絶対に真似できない、一針ごとに糸の撚り方を変えることで光を乱反射させる、北方の極秘技法。
「リュカ様……貴方も、何かを作っていらっしゃるのではありませんか?」
ふと視線を向ければ、リュカ様の手元には、銀細工の道具が並んでいた。
彼は無骨な指先で、何か小さな、けれど鋭い輝きを放つ欠片を研ぎ澄ましている。
「……お前のドレスに、一粒の曇りも許さないための『牙』だ」
リュカ様が作り上げていたのは、ドレスの腰元を飾るための、銀製の飾緒だった。
魔法の加護などなくても、その銀細工にはリュカ様の執念と、私を守り抜くという誓いが彫り込まれている。
針を通す音と、金属を研ぐ音。
二人の音が重なり合う工房は、外界の毒を寄せ付けない聖域だった。
「アイリス。今夜の夜会で、お前がそのドレスを纏ったとき……世界は、お前が誰の所有であるか、嫌でも理解することになる」
リュカ様は作業を止め、私の背後から忍び寄ると、その逞しい腕で私の肩を抱き寄せた。
彼の指先から伝わる、金属の冷たさと肌の熱。
私たちはこの密室で、王都の虚飾を焼き尽くすための「愛の武器」を、一刻一刻、研ぎ澄ませていた。
第74話をお読みいただきありがとうございます。
二人で並んで作業する姿、魔法なき世界ならではの職人気質な絆が感じられますね。
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次話、王都に広がる不協和音。追い詰められたセレーナの狂気が加速します。




