第73話:嫉妬の檻、愛の盾
市場への無断外出が、リュカの独占欲に火をつけます。
失うことへの恐怖が、辺境伯を冷徹な「盾」から、情熱的な「檻」へと変えてしまいます。
別邸の裏門を潜った瞬間、待ち構えていたかのような冷気――リュカ様の殺気に、私は足を止めた。
彼は外套を翻し、一歩、また一歩と私に詰め寄る。そのアイスブルーの瞳は、これまでにないほど深く、暗い嫉妬と焦燥で濁っていた。
「……何分だと思っていた」
低く、地を這うような声。
リュカ様は私の返答を待たず、その細い手首を掴み上げると、そのまま私を壁際へと追い詰めた。魔法のないこの地において、逃れようのない力で組み伏せられることは、絶対的な「服従」を強いることに等しい。
「資材を、染料を確認するだけだと言ったはずだ。……なぜあんな、野犬の群れのような市場で、得体の知れない老人と密会していた」
「あの方は、かつての恩師ですわ! リュカ様、お手が……っ」
「黙れ! お前が俺の視界から消えている間、俺がどのような心地でいたか分かっているのか! エドワードの手の者が、セレーナの刺客が、いつお前のその柔らかな喉元を狙うか……っ」
リュカ様は叫ぶように言い放つと、私の首筋に顔を埋め、所有権を刻印するように激しく、その香りを吸い込んだ。
彼の左手の包帯が、私の肌を擦る。あの時、私を守るために負った傷。その記憶が、彼の独占欲をさらに狂おしいものへと変えていた。
「お前は俺の檻にいればいい。刺繍も、呼吸も、微笑みも、すべて俺の視線が届く範囲でだけ行え。……お前を失うくらいなら、俺はお前をこの部屋に鎖で繋いででも……!」
リュカ様の手が、私の頬を、そして唇を、奪い去るような熱を持ってなぞる。
独占欲という名の檻。けれど、その檻は同時に、私を外敵から守るための最強の盾でもあった。
「……申し訳ありません。貴方をこれほどまでに、不安にさせて……」
私が彼に身を預け、その逞しい背中に手を回すと、リュカ様は呻くような声を漏らして私を抱きしめた。
魔法なき世界の冷たい夜。
私たちは、お互いを繋ぎ止めるための「熱」だけを頼りに、暗闇の中で深く、深く、絡み合っていった。
第73話をお読みいただきありがとうございます。
「俺の視界から消えるな」……リュカ様の重すぎる愛が爆発しましたね。
魔法がないからこそ、こうして物理的に抱きしめるしかない彼の焦燥に、
「独占欲の塊のリュカ様、たまらない!」「アイリス、愛されてる……」と思ってくださった方は、
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次話、決戦に向けた二人だけの「秘密の工房」での作業が始まります。




