第71話:市場の密会
変装して忍び込んだ市場で待っていたのは、懐かしき恩師との再会。
魔法なき世界で、虐げられてきた者だけが知る「真実」が明かされようとしています。
王宮へ上がる前の、最後の手落ちも許されない。
私はリュカ様と共に、地味な茶色の外套を深く被り、夕暮れ時の王都の市場へと足を踏み入れていた。
魔法が使えないこの地では、人の目を欺くには魔術の霧ではなく、こうした物理的な変装と、人混みの喧騒に紛れるしかない。
「……離れるな、アイリス。ここは北方の離宮ほど、お前に優しくはない」
リュカ様が私の手を外套の下で強く握りしめる。
彼のアイスブルーの瞳は、フードの影から周囲の動向を鋭く観察していた。王都の騎士団やセレーナの密偵が目を光らせる中、私たちはある「染料」を求めていた。
たどり着いたのは、入り組んだ路地の奥にある古い染物屋だ。
そこで私たちが目にしたのは、店先に座り込み、今にも事切れそうなほど痩せ細った一人の老人の姿だった。
「……あ。貴方は……」
私は息を呑んだ。
その老人は、かつてランチェスター公爵家で私に刺繍の手解きをしてくれた、古参の従者――バートだった。
私が追放された後、セレーナの差し金で「不吉な令嬢の協力者」として真っ先に追い出されたと聞いていたが、まさかこれほど困窮しているとは。
「……アイリス、様……? まさか、幻を見ているのでは……」
濁ったバートの瞳に、私の姿が映る。
私は彼の手を取り、その冷たさに胸を締め付けられた。魔法のない世界で、一度居場所を奪われた者の末路は、あまりにも残酷だ。
「バート、私ですわ。生きて……こうして戻ってまいりました」
「……ああ、なんと神々しい。……アイリス様、どうか、お気をつけて。あの方は……セレーナ様は、エドワード様を操るために、恐ろしい嘘を……」
バートは震える声で、公爵家を去る間際に目撃した、セレーナの「ある秘密」について語り始めた。
背後で、リュカ様の殺気が静かに、けれど苛烈に膨れ上がる。
市場の喧騒を遠くに聞きながら、私たちはかつての知己との再会によって、セレーナの築き上げた虚飾を崩すための、決定的な「真実の欠片」を手にしようとしていた。
第71話をお読みいただきありがとうございます。
かつての従者バートとの再会……。
魔法がないからこそ、人の記憶や証言が物語を大きく動かします。
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次話、バートの語る「セレーナの嘘」の核心に迫ります。




