第70話:指先の記憶、愛の熱
出発直前、二人が確かめ合う「肌の記憶」。
リュカの剥き出しの独占欲が、アイリスの内に戦うための熱を灯します。
馬車が迎えに来るまで、あとわずか。
最終調整を終えたアメジストのドレスを纏い、私は静寂に沈む別邸の私室で、リュカ様と対峙していた。
魔法という奇跡が存在しないこの世界において、今の私たちの唯一の拠り所は、こうして重なり合う体温だけだ。
「……アイリス。その指先を、俺に預けろ」
リュカ様が低く掠れた声で命じ、私の両手を取った。
彼の左手には、まだあの時の白い包帯が巻かれている。私は彼の手のひらに自分の指を重ね、一針ごとに刻んできた「針だこ」の感触を、彼の肌へと押し当てた。
「お前のこの指が、王都の歴史を塗り替える一着を紡いだ。……誰にも真似できん、俺だけが知っている努力の証だ」
リュカ様は、私の指の一本一本を慈しむように、そして所有権を刻印するように、自らの唇で包み込んでいく。
指先から伝わる彼の唇の熱。
それは、夜会を前にした私の不安を焼き尽くし、代わりに逃れようのないほどの独占欲を私の内に流し込んでくる。
「リュカ様……。私の指先に宿る記憶は、すべて貴方のものですわ。……貴方が見つけてくださったから、私は今日、このドレスを着て戦えるのです」
私が囁くと、リュカ様は呻くような声を漏らし、私を壊れ物を扱うように、けれど絶対に離さないという強さで抱き寄せた。
ベルベットの厚み越しに伝わる、彼の強靭な鼓動。
魔法の光よりも、どんな宝石の輝きよりも、今の私にはこの男の「愛の熱」こそが、王宮という魔窟へ踏み込むための最強の魔除けだった。
「アイリス……。お前を誰の目にも触れさせたくないという思いと、お前の気高さで奴らを跪かせたいという思いが、俺を狂わせる。……いいか、今夜だけは、俺の視線から一秒たりとも逸れるな」
彼は私の顎を持ち上げ、深い、誓いのような口づけを落とした。
指先に残る熱。背中に回された腕の強さ。
私たちは今、一つの魂となって、因縁の王宮へと漕ぎ出す。
第70話をお読みいただきありがとうございます。
指先への口づけ……リュカ様の「俺だけが知っている努力の証」という言葉に愛が溢れています。
魔法なき世界だからこそ、触れ合う熱が何よりも確かな絆になります。
「リュカ様、どこまで溺愛なの!」「二人の絆に胸が熱くなる」と思ってくださった方は、
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次話、必要な資材を求めてお忍びで街へ。第71話「市場の密会」へ。




