第69話:忘れじのアメジスト、再び
登城直前、アイリスがドレスに加えたのは、王都の光を武器に変える「最後の仕掛け」。
魔法なき世界で、一着の服が歴史を変える瞬間が近づいています。
出発まで、あと数刻。
私は、鏡の前に立つトルソーと対峙していた。
リュカ様が用意してくれた特権という盾は、王宮への道を開いた。けれど、その門を潜った後、敵意に満ちた貴族たちを沈黙させるのは、私自身の「仕事」だ。
「……もう一針、必要ですわ」
私は銀の針を手に取った。
アメジストのベルベット、そのデコルテを縁取るレースの隙間に、私はある「仕掛け」を施し始めた。
魔法が使えないこの世界で、人の目を欺き、あるいは虜にする唯一の手段は、光の屈折を知り尽くした工芸の知恵。
私が取り出したのは、北方の極寒の湖の底でしか採れない、氷のように透き通った極小の水晶片だった。
それを、銀糸の刺繍の「影」になる部分に、計算された角度で縫い込んでいく。
「アイリス、まだ手を動かしているのか」
準備を整えたリュカ様が、部屋に入ってきた。
彼は私の手元を見つめ、そのあまりに精緻な、それでいて不気味なほどに静謐な輝きに息を呑んだ。
「……それは、何だ。動くたびに、ドレスが呼吸しているように見える」
「王都の夜会は、数千の燭台で照らされます。その光を、このドレスはすべて『毒』に変えて跳ね返すのです。……私を蔑もうとする者たちの目に、焼き付いて離れないほどの光を」
私が最後の一針を止め、糸を引くと、ドレスのアメジスト色が、一瞬だけ鋭い火花を散らしたように輝いた。
かつてエドワード様に「冷たい紫」と吐き捨てられたこの色は、今や、見る者を射抜く高潔な刃へと進化した。
「……素晴らしい。お前の執念が、この布に命を吹き込んだようだな」
リュカ様は包帯の巻かれた左手で私の腰を引き寄せ、鏡の中の私を見つめた。
アイスブルーの瞳に宿るのは、狂おしいほどの独占欲。
「行こう、アイリス。……お前が今日、王都のすべての色彩を奪い去る。その瞬間を、俺は特等席で見届けよう」
忘れじのアメジスト。
それは、絶望から立ち上がった一人の女が、過去のすべてを清算するために用意した、最も美しく、最も残酷な「反撃の鎧」だった。
第69話をお読みいただきありがとうございます。
「ドレスが呼吸している」……光の屈折を利用したアイリスの超絶技巧、目に浮かびますね。
「アイリスの反撃が待ち遠しい!」「リュカ様の賞賛が甘い……」と思ってくださった方は、
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次話、決戦を前にした二人の、熱く濃密な指先の触れ合い。




