第68話:辺境伯の切り札
王宮の拒絶を、北方領主の特権で粉砕。
リュカは、アイリスの「技術」を国家レベルの価値へと格上げし、強制的な登城を宣言します。
儀典官たちが去った後、別邸の広間には張り詰めた沈黙が流れていた。
アイリスを拒絶するという王家の通告。それは、今夜の夜会でお披露目されるはずだったアメジストのドレスを、ただの死に装束に変える非情な宣告だった。
「……リュカ様。やはり、私の存在が貴方の立場を危うくしてしまいますわ。今夜は、貴方お一人で……」
私が俯き、唇を噛んだその時。
リュカ様が私の両肩を掴み、視線を無理やり合わせさせた。アイスブルーの瞳に宿っているのは、諦めではなく、燃え盛るような冷徹な闘志。
「アイリス、お前はまだ気づいていないのか。北方ヴォルテール家は、王家に媚びて存続しているのではない。北の守りという『実利』と、王都が逆立ちしても真似できん『富』があるからこそ、対等でいられるのだ」
リュカ様は机の上に、重厚な革表紙の古い典書を叩きつけた。それは、王国草創期に交わされた「北方辺境伯の特権」を記した、魔法なき世界の絶対的な契約。
「これを見ろ。第十七条。辺境伯は、自領の安寧に資する功労者を一名、身分に拘わらず王宮へ同伴する権利を有する。……この権利は、国王であっても拒むことはできん」
「功労者……。ですが、私はただの針子で……」
「いいや。お前は、北方の伝統を再定義し、ヴォルテール家の威信を最高潮に高めた立役者だ。……お前が纏うそのドレスこそが、北方と王都の技術格差を見せつける『軍事力』に等しいのだと言えば、誰が否定できる?」
リュカ様の言葉に、私の震えが止まった。
魔法がないからこそ、一針の刺繍、一着のドレスの完成度が、そのまま国力や家格の証明となる。彼は、私の「技術」を、王室の理不尽な「命令」を粉砕するための最強の盾として定義し直したのだ。
「アイリス。あいつらが門を閉ざしたのなら、俺がその扉を力ずくでこじ開けてやる。お前はただ、胸を張って俺の隣にいろ。……お前が今日、そのドレスで王宮を支配すること。それが、俺の領主としての最後にして最大の切り札だ」
リュカ様は包帯の巻かれた方の手で、私の指先を強く握りしめた。
逆転の筋書きは整った。
私たちは、王家が最も恐れる「実力」という名の武器を携え、因縁の王宮へと乗り込む。
第68話をお読みいただきありがとうございます。
「ドレスは軍事力に等しい」……魔法なき世界での美の価値を、リュカ様が力強く証明してくれました。
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次話、登城直前。アイリスがドレスに加える「最後の一工夫」とは。




