第66話:決戦前夜の沈黙
決戦を翌日に控えた、最後の一夜。
リュカの手の傷と、アイリスが紡いだドレス。
二人の絆は、静寂の中でかつてないほどに深く結びついていきます。
別邸の作業室に、重苦しいほどに深い静寂が満ちている。
明晩には、王宮で開かれる最大規模の大夜会が控えていた。魔法という便利な奇跡が存在しないこの世界において、明日の夜会の装いこそが、私たちの命運を分ける唯一の武器となる。
私は、トルソーに掛けられたアメジストのドレスの最終確認を終え、椅子の背に身を預けた。視線の先には、暖炉の火を見つめるリュカ様の背中がある。
「……リュカ様、お怪我の具合は」
私の問いに、リュカ様はゆっくりと振り返った。
その左手には、私が昨夜巻き直した白いリネンの包帯が、痛々しくも誇らしげに巻かれている。あの日、私の誇りを守るために彼が素手で刃を掴んだ代償だ。
「案ずるな。剣を振るうに支障はない。……それよりも、お前の方はどうだ。明日の夜、お前は自分を捨てた場所の中心に立つことになる」
リュカ様が歩み寄り、傷のない方の手で私の頬を包み込んだ。
アイスブルーの瞳に宿るのは、不安ではなく、逃れようのないほど深い独占欲と、静かな決意。
「……怖くはありませんわ。このドレスの裏地には、貴方への誓いが縫い込まれていますもの。今の私にとっての真実は、王都の評価ではなく、貴方の瞳に映る私だけです」
私が微笑むと、リュカ様は呻くような声を漏らし、私を壊れ物を扱うように、けれど絶対に離さないという強さで抱きしめた。
彼の胸板の硬さと、包帯越しに伝わる微かな熱。
魔法が使えないからこそ、この肌の触れ合いだけが、私たちの魂を繋ぎ止める。
「アイリス……。明日の夜、世界はお前がどれほど気高く、そして『俺のもの』であるかを知ることになる。……誰一人、お前から目を逸らすことは許さん」
独占欲を孕んだ熱い吐息が、私の項を濡らす。
かつて孤独に震えていた夜は、もう遠い。
私たちは夜が明けるまで、一言も交わさず、ただ重なり合う鼓動の音だけに耳を澄ませていた。
嵐の前の、あまりに静かな沈黙。
けれどその沈黙こそが、明日、王都を焼き尽くす烈火の前奏曲であることを、私たちは確信していた。
第66話をお読みいただきありがとうございます。
「誰一人、お前から目を逸らすことは許さん」というリュカ様の宣言……独占欲が全開ですね。
王都の喧騒を前にした、嵐の前の静けさを感じていただければ幸いです。
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次話、アイリスの入城を阻もうとするセレーナの新たな妨害が始まります。




