第65話:嵐の予感
嵐の前の、静かな熱。
傷ついた騎士と、誇りを守り抜いた針子。
二人の絆は、王都の毒を焼き尽くす烈火となって、運命の夜会へと向かいます。
リュカ様の手の傷を、私は震える指で丁寧に消毒し、白いリネンの布で包み込んだ。
魔法という奇跡がないこの地では、傷を癒やすのは時間の経過と、こうして寄り添う温もりだけだ。
「……申し訳ありません。私のために、これほどまでの痛みを」
俯く私の顎を、リュカ様は傷を負っていない方の手で優しく、けれど有無を言わさぬ強さで持ち上げた。
アイスブルーの瞳に宿っているのは、痛みへの苦悶ではなく、私を救い出したことへの深い充足感と、濁った独占欲だった。
「何度言わせる。お前と、お前が紡ぎ出したその誇りは、俺の命そのものだ。……傷の一一つや二つ、俺とお前を繋ぐ鎖がまた一つ増えたに過ぎん」
リュカ様は包帯を巻いた方の手で、私の首筋を引き寄せ、深く、奪い去るような口づけを落とした。
窓の外、王都の空には厚い雲が垂れ込め、遠くで雷鳴が響いている。
セレーナの放った刺客は退けたが、それが彼女の、そしてエドワード王子の焦燥にさらなる火をつけたことは明白だった。
「……明日はいよいよ、王宮での大夜会ですわね。セレーナは、私が現れないことを確信しているでしょう」
「ああ。お前が無残に壊れたと信じて笑っている奴らの前へ、最高に気高い姿で乗り込んでやる。……アイリス、お前は俺の隣で、誰よりも残酷に美しくいろ。あいつらが二度と立ち上がれぬほどにな」
リュカ様の言葉は、愛の囁きであると同時に、世界への宣戦布告でもあった。
魔法なきこの社交界において、明日の夜会で誰が真の美を纏っているか。それが、すべての権力図を塗り替える一撃となる。
私は、無事だったアメジストのドレスをもう一度見つめ、その裏地に秘めた「恋文」に指を這わせた。
嵐の予感。
けれど、繋がれたリュカ様の手の熱さが、私に絶対の勝利を確信させていた。
私たちは夜が明けるまで、一言も交わさず、ただ迫りくる運命の鼓動を肌で感じていた。
第65話をお読みいただきありがとうございます。
「俺とお前を繋ぐ鎖が増えた」……リュカ様の独占欲が深すぎて、言葉の重みが違いますね。
嵐の前触れのような緊張感の中、二人の絆はさらに強固なものとなりました。
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