第63話:毒蛇の潜伏
アイリスの最高傑作を狙う、セレーナの卑劣な罠。
物理的な損壊こそが、魔法なき世界の職人に与える最大の屈辱。
毒蛇の牙が、静かに、けれど確実にアイリスの誇りに迫ります。
別邸の静寂が、どこか粘りつくような違和感を帯びていた。
私の技術が令嬢たちの心を掴み始めたことで、焦燥を募らせたセレーナが、ついに「社交界のルール」を自ら踏み越えようとしていたのだ。
「……アイリス様、旦那様がお呼びです。至急、書斎へ」
マーサの緊張した声に、私は胸を騒がせながらリュカ様の元へ向かった。
執務室には、捕らえられた一人の下男が床に転がされており、リュカ様が冷徹な殺気を湛えて見下ろしていた。
「……別邸の厨房に紛れ込んでいた。こいつが持っていたのは、毒ではない。布を焼き、変色させる強力な薬剤だ」
リュカ様が差し出した小瓶を見て、私は息が止まりそうになった。
魔法のないこの世界で、最高級のベルベットは一度薬剤を浴びれば、二度と元の輝きを取り戻すことはできない。セレーナは私の命ではなく、私の「魂」であるあのアメジストのドレスを、物理的に殺そうとしたのだ。
「アイリス。毒蛇は、もうお前の足元まで来ている」
リュカ様は私の肩を引き寄せ、逃れようのない力で抱きしめた。
彼のアイスブルーの瞳は、これまでにないほど深く、暗い独占欲に沈んでいる。
「……彼女、私が最も傷つく方法をよく分かっていますのね」
「案ずるな。俺がこの邸にいる限り、お前の一針たりとも汚させはしない。……だが、奴の執念は、俺の想像を超えて醜悪なようだ」
リュカ様は、震える私の指先を取り、一針ごとに刻まれた針だこを、慈しむように、そして呪いをかけるようになぞった。
一方、王都の闇。
セレーナは、失敗の報告を受けながらも、その桃色の唇をさらに歪に吊り上げていた。
「……一筋縄ではいかないわね、アイリス。でも、守られているのは貴女だけ。あのドレスは、いずれ私の手で無残なボロ布に変えて差し上げますわ」
魔法なき世界の、残酷な執着。
別邸の闇の中に、音もなく次なる牙が忍び寄っていた。
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ドレスを狙うというセレーナの暴挙……リュカ様の独占欲と警戒心も限界突破しそうです。
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次話、襲撃からドレスを救い出す、リュカ様の圧倒的武威。第64話「守り抜いた一針」へ。




