第62話:針子の反撃
「無視」という攻撃を、圧倒的な「実力」で跳ね返すアイリス。
敵であったはずの令嬢たちすらも、その美学の前に跪き始めます。
社交界からの黙殺という氷の壁。けれど、その壁には早くも綻びが生じ始めていた。
あのアメジストのドレスを目撃した令嬢たちの間で、「不貞の噂」という毒よりも強く、本能的な渇望が広がっていたのだ。――あの比類なき刺繍を、自分の身にも纏いたい、という。
「……アイリス様、密かに裏口から訪ねてきた方がおられます。あの方は、セレーナ様の派閥にいたはずの令嬢ですが……」
マーサの報告に、私は静かに微笑んだ。
通されたのは、王都でも指折りの家格を持つ子爵令嬢。彼女はリュカ様の別邸を恐る恐る見回しながら、私を認めると、縋るようにその手を取った。
「アイリス様……、セレーナ様には内密に願います。ですが、あの日貴女が纏っていたあの刺繍……。あんなに気高く、見る者を圧倒する針仕事を、私は他に知りません。どうか、私の夜会用の扇に、一針だけでも……!」
魔法なきこの地において、真に優れた技術は権威をも凌駕する。
私はその令嬢のために、その場で一輪の「雪解けの花」を刺して見せた。
流れるような手さばき。布の上に命が宿るようなその一瞬に、彼女は息を呑んだ。
「……これが、セレーナ様が『古臭い焼き直し』と蔑んだ技術だなんて。……彼女の方が、よほど色彩に盲目ですわ」
一人、また一人と、夜陰に乗じて別邸を訪れる令嬢や夫人が増えていった。
私は彼女たちの願いに応えながらも、決して金銭は受け取らなかった。代わりに求めたのは、「真の美しさを見抜く、貴女方の目」だけ。
その光景を、リュカ様は不機嫌そうに、けれど誇らしげに見守っていた。
「……アイリス。お前がその針で、俺の敵を一人ずつ陥落させていく。……俺の剣が出る幕など、もうないのではないか?」
「いいえ、リュカ様。私がこうして針を動かせるのは、貴方が私の背後で、冷たい風をすべて遮ってくださっているからですわ」
私は彼のアイスブルーの瞳を見上げ、愛を込めて囁いた。
包囲網は、内側から崩れ始めている。
セレーナが築いた虚飾の城が、私のたった一針の重みに耐えきれず、軋む音が聞こえてくるようだった。
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アイリスの技術に魅了されて、裏切り者が続出! まさに「針子の反撃」ですね。
「アイリスの刺繍、私も見たい!」「リュカ様のちょっと寂しそうな顔が可愛い」と思ってくださった方は、
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次話、追い詰められたセレーナが、ついにドレス破壊という暴挙に。第63話「毒蛇の潜伏」へ。




