第59話:私の心はここに
王子の襲撃を乗り越え、二人が確かめ合う「愛の帰属」。
アイリスの真っ直ぐな言葉が、リュカの嫉妬に狂う心を繋ぎ止めます。
密室から救い出され、リュカ様の別邸へと戻る馬車の中。
車内を満たしていたのは、甘い安堵ではなく、張り詰めた糸のようなリュカ様の沈黙だった。
彼は私の手を握りしめているが、その力は痛いほどに強く、彼の指先が僅かに震えているのが伝わってくる。
「……アイリス。奴がお前に触れた。あの汚れた手でお前を拘束し、その目に不浄な情熱を宿して……」
リュカ様が低い声で呟く。そのアイスブルーの瞳は、暗闇の中で激しい嫉妬と、自分でも制御しきれないほどの独占欲に焼かれていた。魔法のないこの地で、彼は自らの肉体と剣でしか私を守れない。その限界が、彼を狂わせようとしていた。
「リュカ様、見てください。私はここにおりますわ。……あの方の言葉など、今の私の心には一滴の波紋も広げはしません」
私は、彼が握る手に自分のもう片方の手を重ねた。
かつての私は、誰かに「選ばれる」ことを望んでいた。けれど今は違う。私は、私を「見つけた」この男を、自らの意志で選び、愛しているのだ。
「私の心は、あの日、雨の中で貴方の外套に包まれた瞬間に決まったのです。……エドワード様の隣にいたアイリス・ランチェスターは、もうどこにもおりません。今ここにいるのは、貴方の隣で、貴方の体温だけを求めて生きる、ただのアイリスですわ」
私が微笑み、彼の胸に顔を埋めると、リュカ様は呻くような声を漏らして私を抱きしめた。
折れそうなほど強い抱擁。
彼は私の髪に、そして耳元に、熱い吐息を吹きかけながら囁いた。
「……お前を誰の視線にも晒したくない。このまま、誰も知らない地の果てまで連れ去って、俺だけのものにしてしまいたい……」
剥き出しの執着。けれど、それは私にとって何よりの救いだった。
魔法の光よりも確かな、一人の男の熱。
「どうぞ、そうしてくださいませ。……私はどこへも行きません。私の帰る場所は、貴方の腕の中だけなのですから」
馬車が止まり、邸の門が閉まる音。
外界の毒を断ち切るその響きの中で、私たちは互いの鼓動を確かめ合うように、深く、長く、唇を重ねた。
第59話をお読みいただきありがとうございます。
「私の帰る場所は、貴方の腕の中だけ」というアイリスの告白……リュカ様の独占欲も少しは報われたでしょうか。
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次話、嫉妬を鎮めるための情熱的な夜。第60話「嫉妬という名の愛撫」へ。




