第54話:秘密の舞踏会(前)
ついに始まった、王都での最初の一歩。
リュカの圧倒的なエスコートと共に、アイリスが社交界に衝撃を与えます。
王都の北側に位置する、古い伝統を持つ伯爵家の別邸。
今夜そこで行われるのは、限られた者だけが招かれる「秘密の舞踏会」だ。
大規模な公式夜会ではないが、ここでの評判が明日の社交界の風向きを決定づける。追放された私が再びその舞台に立つ。それは、魔法なき世界のルールにおいて、死者が必要な武装を整えて蘇ることに等しかった。
「……アイリス。やはり、ここでお前を帰らせたい気分だ」
馬車の中で、リュカ様が私の腰を引き寄せ、低く唸るように囁いた。
彼は正装を纏い、漆黒の外套の下には、私が命を削る思いで刺し上げた猛禽の刺繍が、月光を浴びて鈍く光っている。その瞳は、獲物を守る獣のように鋭く、外界への敵意を隠そうともしない。
「リュカ様……。お気持ちは嬉しいですが、私が逃げたままでいては、貴方の誇りに泥を塗ることになりますわ」
私は自らのドレス――アメジスト・パープルのベルベットをそっとなぞる。
一針一針にリュカ様への恋文を秘めたこの一着は、今の私の魂そのもの。
馬車が止まり、扉が開かれる。
「辺境伯リュカ・ヴォルテール殿、および……ご同伴の淑女、入館されます」
案内人の声が響くと同時に、私たちは邸内へと足を踏み入れた。
魔法の光ではない、本物の蜜蝋の燭台が照らし出す大広間。そこに集う貴族たちの視線が、一斉にこちらへと集中した。
ざわめきが、潮が引くように止まる。
かつて私を「王家の恥」と蔑んだ瞳。私を「冷徹な人形」と呼んだ口唇。
それらが今、驚愕と、言いようのない畏怖に震えているのを私は肌で感じた。
「……あ。……あの美しい方は、誰だ?」
「まさか、あり得ない。……あのアメジストの瞳、まさかアイリス・ランチェスターなのか!?」
リュカ様は、そんな騒めきを一切無視し、誇らしげに、そして威圧的に私をエスコートして歩みを進める。
彼の大きな掌が私の手に重なり、その独占欲に満ちた熱が、私の指先を力強く鼓舞した。
広場の中央。
そこには、新調したばかりの派手なドレスを纏い、取り巻きに囲まれて笑っていたセレーナの後ろ姿があった。
さあ、再会の時ですわ。
貴女たちが泥に沈めたはずの私が、今、どのような姿で戻ってきたか、その曇った眼でしっかりとご覧なさい。
第54話をお読みいただきありがとうございます。
アメジストのドレスを纏ったアイリスの登場……会場の空気が一変しましたね。
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次話、ついにエドワード王子との「再会」が訪れます。




