第51話:届けられた古い手紙
セレーナが隠し持っていた、アイリスの「過去」。
一通の古い手紙が、リュカの心に制御不能な嫉妬の炎を灯します。
別邸の静寂を破ったのは、一通の古びた封書だった。
差出人の名はない。だが、その紙から漂う、鼻を突くほど甘い「桃色の香水」の匂いが、送り主の正体を雄弁に語っていた。
「……っ」
中から滑り落ちた紙面を見て、私は息が止まりそうになった。
それは、数年前――まだ私がエドワード様を純粋に信じ、公爵令嬢として完璧な王妃になろうと必死だった頃に綴った、未投函の恋文だった。
『エドワード様、貴方のためにこの刺繍を仕上げました。貴方の隣に立つ時だけが、私の真実です』
幼く、熱に浮かされたような自分の筆跡。
セレーナは、私が以前彼女に「いつか渡すつもりなの」と打ち明けて見せたこの手紙を、ずっと隠し持っていたのだ。このタイミングで、最も残酷な形で使うために。
「……何を見ている、アイリス」
背後から、凍りつくような低い声が響いた。
振り返ると、執務から戻ったリュカ様が、入り口で立ち止まっていた。そのアイスブルーの瞳は、床に落ちた手紙と、私の青ざめた顔を交互に射抜く。
「あ、リュカ様。これは……その、昔の……」
言い訳を飲み込むよりも早く、リュカ様が詰め寄り、私の手から手紙を奪い取った。
魔法のないこの地において、一度記された言葉は消えない刺青と同じだ。彼はその紙面を食い入るように見つめ、みるみるうちに顔を怒りと嫉妬で強張らせていった。
「『貴方の隣に立つ時だけが、私の真実』……だと?」
リュカ様の声が、怒りで低く震える。
彼はその手紙を、私の目の前で、握り潰すようにしてくしゃくしゃに歪めた。
「エドワードへの、愛の誓いか。お前が俺の腕の中で『貴方がすべて』と言いながら、心の中にはまだ、この男への残像が巣食っているのか!」
「違います! それはずっと昔のことで、私は……!」
私が叫ぶのも聞かず、リュカ様は私を強く抱き寄せ、逃れられないように背後の壁へと押し込んだ。
彼の瞳には、かつてないほどの激しい炎――嫉妬という名の、剥き出しの熱が宿っていた。
「……お前の過去も、その言葉も、すべて俺が焼き尽くしてやる。……アイリス、お前に過去など必要ない。今この瞬間、俺の腕の中で喘ぐお前だけが、俺の真実だ」
セレーナが放った「毒」は、リュカ様の独占欲を狂気へと変え、平和だった檻の中に、激しい嵐を呼び込んでいた。
第51話をお読みいただきありがとうございます。
セレーナの姑息な手段に、リュカ様の独占欲が爆発してしまいました。
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次話、嫉妬に狂うリュカ様と、懸死の想いで真実を伝えるアイリスの対峙を描きます。




