第50話:暗闇の吐息
王都の不安に震える夜。
リュカの独占欲が、アイリスの恐怖を甘い束縛へと変えていきます。
王都の夜は、離宮のそれとは違い、不気味なほどに騒がしい。
遠くで鳴り響く警邏の足音や、どこかの夜会から流れてくるかすかな音楽。それらすべてが、今の私には、この「檻」を壊そうとする刺客の足音のように聞こえていた。
寝室の灯を消し、私は一人、厚いカーテンの影で身を縮める。
エドワード様が見せた未練、セレーナの底知れぬ悪意。それらが暗闇から手を伸ばし、私の足を掴もうとしているような錯覚。
その時、背後の扉が無音で開き、漆黒の気配が部屋に流れ込んできた。
「……アイリス。眠れないのか」
リュカ様の声だ。
彼は上着を脱ぎ捨て、白いシャツの襟元を緩めた姿で、私の背中を包み込むように抱き寄せた。魔法のないこの地で、彼という圧倒的な質量が寄り添ってくれることだけが、私の狂いそうな神経を繋ぎ止めてくれる。
「リュカ様……。王都の空気が、私の肌を刺すようですわ。……私は、本当にここにいて良いのでしょうか」
「案ずるな。お前の居場所は、俺がこの手で囲ったこの場所だけだ」
リュカ様は私の腰を引き寄せ、逃れられぬように寝台へと導いた。
暗闇の中で重なる、二人の熱い吐息。
彼は私の髪を乱暴に、けれど慈しむようにかき分け、その首筋に顔を埋めた。
「エドワードが……あいつが、まだお前を捜している。セレーナという毒婦が、お前の名前を汚し続けている。……それが、俺の理性を焼き尽くそうとしているんだ」
リュカ様の言葉には、制御しきれないほどの独占欲が滲んでいた。
彼は私の手首を掴み、頭上へと押し込める。
魔法が使えないからこそ、彼は自らの肉体をもって、私のすべてを支配しようとする。
「アイリス。誰にもお前を見せない。誰にもお前の声を聴かせない。……この暗闇の中で、俺の吐息だけを吸っていろ」
至近距離で注がれる、彼の熱情。
私は彼の手を握り返し、その逞しい胸板に顔を埋めた。
窓の外の喧騒など、もうどうでもよかった。
この閉ざされた暗闇の中で、リュカ様の重い愛に縛られていること。それが、今の私にとって唯一の、そして最高の救いだった。
私たちは夜が明けるまで、一言も交わさず、ただ互いの存在を刻みつけるように、熱い吐息を重ね続けていた。
第50話をお読みいただきありがとうございます。
暗闇の中での濃厚な独占欲……リュカ様の「俺の吐息だけを吸っていろ」というセリフに、彼の執着が凝縮されています。
「リュカ様が重すぎて最高!」「二人の絆が深まる夜にドキドキする」と思ってくださった方は、
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次話、二人の仲を裂こうとするセレーナの卑劣な策略――「届けられた古い手紙」へと物語は動きます。




