第41話:境界線を越える馬車
北方の守護を離れ、ついに王都領へ。
蘇る過去のトラウマを、リュカの圧倒的な独占欲が塗り替えていきます。
ガタゴトと規則正しく揺れる馬車の車輪音が、凍てついた石畳から乾いた土の音へと変わった。
それは、私を守り育んでくれた北方の守護を抜け、私を不貞の女と呼び捨てた王都の勢力圏へと足を踏み入れた合図だった。
「……顔色が悪いぞ、アイリス」
対面に座るリュカ様が、書類から目を上げて私を射抜いた。
彼の装いは、私が全霊を込めて刺し直した漆黒の正装用外套。その胸元に踊る猛禽の紋章が、この馬車の中にさえ北方の峻烈な空気を持ち込んでいるようだった。
「申し訳ありません。……あの門を潜った時のことを、つい思い出してしまって。雨の冷たさや、馬車の外へ放り出された時の泥の感触が、まだ肌に残っているような気がするのです」
私が膝の上で指を絡めると、リュカ様は迷いなく手を伸ばし、私の指を解いて自らの大きな掌の中に閉じ込めた。
彼の手袋越しではない、生身の肌の熱。
魔法のないこの世界で、この熱量こそが何よりも確実な「今」を証明してくれる。
「お前を放り出したのは、あいつらの無能さゆえだ。だが、今お前の隣に座り、その手を握っているのはこの俺だ。……忘れるな、アイリス。お前はもう、捨てられた公爵令嬢ではない。俺が選び、俺が跪いた、世界で唯一の女だ」
リュカ様は私の手をぐいと引き寄せ、自らの膝の上に乗せた。
至近距離で重なる、アイスブルーの瞳。そこにあるのは、過去を焼き尽くさんばかりの激しい独占欲だった。
「お前を汚そうとする視線があれば、俺がすべて斬り伏せる。……王都の土を踏むのが怖いなら、俺の腕から一歩も外へ出るな」
彼の低い声が、不安で震えていた私の心に深い楔を打ち込む。
窓の外を見れば、景色は少しずつ色彩を増し、整備された王都領の並木道が続いている。かつての私を縛った「虚飾の都」はもうすぐそこだ。
けれど、握られた手の熱が、私に教えてくれる。
今の私を包んでいるのは、泥だらけのアメジストではなく、この男がくれた誇りと愛なのだと。
「……はい、リュカ様。私、貴方の隣で、前だけを見ておりますわ」
境界線を越え、馬車は加速度を増していく。
新しい運命の歯車が、重厚な音を立てて回り始めていた。
第41話をお読みいただきありがとうございます。
王都へ向かう馬車の中での、緊密なやり取り……リュカ様の「俺が跪いた女」という言葉が響きます。
「リュカ様が一緒なら百人力!」「馬車の中の距離感が近い!」と思ってくださった方は、
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次話、立ち寄った宿場町で、アイリスの美しさが思わぬ波乱を呼びます。




