第39話:星降る夜の読み聞かせ
北方の古い伝承になぞらえて、二人が確かめ合う「真実の愛」。
魔法なき世界の静かな夜が、戦い前の最後のご褒美となります。
窓の外には、零れんばかりの星々が凍てついた夜空を埋め尽くしている。
今夜の離宮は、風の音さえも遠慮するような深い静寂に包まれていた。私は暖炉の前の柔らかな絨毯に座り、リュカ様の膝に背を預けて、一冊の古い革表紙の本を開いていた。
「……それは、この地に伝わる古い民話だな」
リュカ様が私の肩に腕を回し、上から本を覗き込む。
魔法を持たぬ人々が、極寒の夜を凌ぐために語り継いできた言葉の束。そこに記されていたのは、ある騎士と、彼が雪原で見つけた「声のない乙女」の恋物語だった。
「乙女は、自分の声を銀の糸に変えて、騎士の外套に美しい刺繍を施しました。……たとえ離れていても、その刺繍が騎士の身を守るようにと」
私が物語の一節を読み上げると、リュカ様が私の手から本をそっと取り上げ、サイドテーブルに置いた。
「続きはいい。……俺たちは、その物語よりもずっと幸福な結末を、自らの手で書き換えている最中だからな」
リュカ様は私の首筋に顔を埋め、深く、愛おしむようにその香りを吸い込んだ。
暖炉で薪がパチリと爆ぜ、赤い光が二人の影を壁に大きく映し出す。
「アイリス。物語の乙女は声を失ったが、お前は違う。お前はその手で誇りを取り戻し、俺の隣でこうして微笑んでいる。……王都の歴史がどうあろうと、俺にとっての真実は、今、この腕の中にしかない」
独占欲を孕んだ熱い囁き。
私は彼の方へ向き直り、そのアイスブルーの瞳を見つめた。
かつてエドワード様と過ごした夜、本を読む時間は「教養」を確認するための味気ない儀式でしかなかった。けれど今、リュカ様と共有するこの物語は、私たちの鼓動の一部となって溶け合っていく。
「リュカ様……。明日からの旅路がどんなに険しくても、私はこの夜の温もりを、物語のように大切に抱いていきますわ」
「ああ。……夜が明ければ、もう後戻りはできん。だが、案ずるな。俺という『盾』が、お前の物語に悲劇など一行も書き込ませはしない」
リュカ様は私の唇に、静かに、けれど逃れようのないほど深い誓いの口づけを落とした。
星降る夜。暖炉の火が消えかかるまで、私たちは自分たちだけの新しい物語を、肌の熱だけで綴り続けていた。
第39話をお読みいただきありがとうございます。
「物語よりも幸せな結末を」……リュカ様の力強い言葉が胸に響きます。
「二人の空気感が甘すぎて溶ける」「本を読む描写が美しい」と思ってくださった方は、
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次話、離宮での「最後の晩餐」。二人は身も心も深く結ばれ、決戦の王都へ。




