第32話:嵐の前触れ
王都で狂い始めた、かつての「親友」の歯車。
嫉妬に身を焼くセレーナが、アイリスの幸せを壊すために最悪の刺客を放ちます。
王都、公宮の一室。かつて私が整えた端正なインテリアは、今や見る影もなく荒れていた。
鏡台の前で、セレーナが自身の金髪を乱暴に掻き乱し、狂気を含んだ瞳で一点を見つめている。
「なぜ……! なぜエドワード様は、あんな女のことばかり口になさるの!?」
彼女が纏っているのは、私の意匠を真似て作らせたドレス。だが、北方の寒さに適応したアイリスの「機能美」までは再現できず、無理な締め付けで生地のあちこちが悲鳴を上げている。
エドワード様がアイリスへの「懺悔」を口にし始めてから、セレーナへの寵愛は急速に冷え込んでいた。彼女にとって、アイリスはこの世から完全に消し去らねばならない「呪い」となっていた。
「……アイリス様。貴女がいなければ、私は完璧だったのに。貴女が戻ってくれば、私はすべてを失うわ」
セレーナは傍らに控える、闇に紛れるような黒衣の男たちに冷酷な視線を向けた。
魔法のないこの国で、物理的な抹殺は最も確実な解決手段だ。
「行きなさい。あの女の顔に、二度とドレスなど着られないほどの傷を刻むのよ。……できれば、あの辺境伯の目の前で」
一方、北方の離宮。
私は、リュカ様のために刺していた最後の仕上げ――正装用のカフスに針を通していた。
けれど、なぜか指先が冷たく強張り、針が何度も生地を空回る。
「アイリス、どうした。手が震えているぞ」
背後から声をかけたリュカ様の顔には、いつもの余裕がなかった。
彼の指先は、無意識のうちに腰の剣の柄に置かれている。魔法のないこの地で生きる者は、野生動物のように「嵐」の気配に敏感だ。
「……分かりませんわ。ただ、胸がざわついて。せっかくの糸が、絡まってしまいそうなのです」
「……案ずるな。俺がそばにいる。何があっても、お前の一針を汚させはしない」
リュカ様は私の手をとり、その指先を自らの熱い唇で包み込んだ。
けれど、窓の外。
月明かりを遮るように、厚い雲が急速に空を覆い始めていた。
雪原の向こうから、静かに、けれど確実に「殺意」がこの離宮の門へと近づいている。
魔法なき世界の、残酷な夜が始まろうとしていた。
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セレーナの執念、恐ろしいですね……。
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次話、ついに離宮を襲撃する刺客。リュカ様がアイリスを「寝室の隣」で守り抜きます。




