第31話:届かない懺悔
今更届いた、婚約者からの勝手な謝罪。
しかし、アイリスの心にはもう、彼の居場所は一ミリも残っていませんでした。
祝祭の余韻が残る離宮の正門に、王家の紋章を戴く一台の馬車が停まった。
現れたのは、エドワード王子の側近である。彼は尊大に顎を引き、集まった使用人たちを見下しながら、一通の豪華な親書を差し出した。
「アイリス・ランチェスター嬢へ、殿下からの慈悲深い『懺悔』の言葉をお預かりしてきた。彼女をここへ」
その言葉は、執務机で刺繍の手を止めた私の元にも届いた。
親書に記されていたのは、吐き気がするほど身勝手な愛の言葉だった。
『セレーナは私を欺いていた。真に王妃に相応しいのは君だったと気づいた。すべてを許す。今すぐ王都へ戻り、私の腕の中に帰ってきなさい』
(……許す? 何を?)
私を泥の中に捨て、名前を奪い、不貞の女と罵ったのは誰だったか。
私は怒りで震える指を、そっと隣から伸びてきた大きな手に重ねた。
「……アイリス。行く必要はない」
リュカ様が、氷のような冷徹な瞳で親書を奪い取ると、そのままバルコニーの眼下に立つ側近を見下ろした。
「戻って主に伝えろ。アイリス・ランチェスターはもういない。ここにいるのは、我がヴォルテール家が命に代えても守り抜く、気高き一人の女性だけだ」
「な……! 辺境伯、これは王命にも等しい殿下のお言葉だぞ!」
「王命だと? 魔法も持たず、自らの婚約者一人守れぬ男の言葉が、この北方の地に届くとでも思っているのか」
リュカ様は側近の目の前で、親書を無造作に引き裂いた。
紙片が冬の風に舞い、泥の溜まった地面へと落ちていく。それはあの日、私が雨の中で捨てられた姿そのものだった。
「愛を口にする前に、自らの愚かさを呪うがいい。……失せろ」
リュカ様の放つ圧倒的な威圧感に、側近は言葉を失い、逃げるように馬車へと乗り込んだ。
静寂が戻った部屋で、私はリュカ様の胸に顔を埋めた。
「怖かったか、アイリス」
「いいえ。……ただ、あの人の声が、もう私の心には一欠片も響かないことが、少しだけ不思議なのですわ」
魔法のないこの世界で、一度壊れた信頼が再生することはない。
リュカ様は私の髪を優しく撫で、独占欲を滲ませるように低く囁いた。
「それでいい。お前の耳に届くのは、俺の声だけでいいんだ」
王都からの懺悔は、北方の雪の中に冷たく埋もれていった。
第31話をお読みいただきありがとうございます。
エドワード王子の親書を目の前で破り捨てるリュカ様、最高にスカッとしますね!
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次話、追い詰められたセレーナが、ついに禁断の「刺客」を送り込みます。




