第30話:北方の祝祭(後編)
祝祭の夜。時計塔の頂上で交わされる、魂の誓い。
誰にも邪魔されない場所で、二人の愛が確かな形を成していきます。
広場に響く楽団の調べと、領民たちの歓声が、足下で遠いさざ波のように聞こえる。
私たちは祝祭の喧騒を逃れ、領都を一望できる古い時計塔の最上階へとたどり着いていた。
石造りの狭いバルコニーに、冷たい夜風が吹き抜ける。
けれど、厚いベルベットのドレスを纏い、背後に立つリュカ様の存在を感じている私にとって、その寒さは心地よい刺激でしかなかった。
「……見事なものだな、アイリス」
リュカ様が背後から私を包み込むように、手すりに手を置いた。
彼の腕に閉じ込められた格好になり、私の心臓がトクン、と大きく跳ねる。
「領民たちのあの顔を見たか。お前のドレスが、この寒々しい北方の夜をどれほど明るく照らしたか、自覚はあるのか?」
「……私は、ただ。貴方の隣で、恥ずかしくない姿でありたいと願っただけですわ」
私が振り向くと、月光に照らされたリュカ様のアイスブルーの瞳が、熱を孕んで私を射抜いた。
彼は大きな手で私の頬を包み込み、親指でゆっくりと唇をなぞる。
「……謙遜はやめろ。今日、お前は俺の領民すべてを虜にした。そして――この俺の理性を、完全に奪い去った」
魔法が使えないこの地で、情動を伝えるのは研ぎ澄まされた言葉と、肌の触れ合いだけだ。
リュカ様の顔が近づく。
鼻先が触れ、混ざり合う互いの吐息。
「アイリス……。王都へ行くのが惜しくてならない。このまま、ここで、誰にも見せずに俺だけのものにしていたい……」
独占欲に満ちた掠れた声。
私は彼を安心させるように、その逞しい胸板にそっと手を添えた。
ベルベットの裏地に隠した「恋文」が、私の鼓動に合わせて彼の掌に伝わっていく。
「リュカ様……。私は、貴方のものです。たとえどこへ行こうとも、この魂を縫い止めているのは、貴方の温もりだけですわ」
その言葉が合図だった。
重なったのは、奪い去るような、それでいて壊れ物を慈しむような深い口づけ。
冬の夜空の下、重厚な鐘の音が一度、二度と、祝福のように響き渡る。
かつて雨の中で捨てられた私は、今、最も気高い男の腕の中で、自分自身の美しさを知った。
けれど、幸せの絶頂にある私たちの背後で、王都からの「影」が静かに牙を剥き始めていた。
第30話をお読みいただきありがとうございます。
時計塔での情熱的なキス……リュカ様の独占欲が最高潮に達しましたね。
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次話、そんな幸福を切り裂く、エドワード王子からの「偽りの懺悔」が届きます。




